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ビャーゼムスキー ビャーゼムスキー Vyazemskii, Pëtr Andreevich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビャーゼムスキー
ビャーゼムスキー
Vyazemskii, Pëtr Andreevich

[生]1792.7.23. モスクワ
[没]1878.11.22. ドイツバーデンバーデン
ロシアの詩人,批評家。公爵の家に生れた。 1807年以後孤児となり,N.カラムジンの保護を受け,文学的に感化された。 A.プーシキンらとともにロマン主義を掲げて「アルザマス会」を結成し,保守派の「ロシア文学愛好者協会」に対抗した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ビャーゼムスキー【Pyotr Andreevich Vyazemskii】

1792‐1878
ロシアの詩人,批評家。公爵。ロシアにおけるロマン主義の最も代表的な宣伝普及者の一人。プーシキンの親友で,彼にバイロンの意義を説いた。初期の詩は古典主義的・知性的要素を多くとどめているが,1820年代後半にはロマン主義的モティーフをうたったすぐれた抒情詩(《滝》(1825),《波立ち》(1829)など)を数多く書いた。30年代に入るとチュッチェフレールモントフに通ずる思索的・厭世主義的な詩(《ふさぎの虫》《憂愁》(ともに1831)など)も書き始めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビャーゼムスキー
びゃーぜむすきー
Пётр Андреевич Вяземский Pyotr Andreevich Vyazemskiy
(1792―1878)

ロシアの詩人、批評家、公爵。1810~20年代にプーシキンや後のデカブリストと交わり、官僚制度に批判的であったが、のちに宮廷に近づき、56~58年は検閲の責任者を務めた。63年以後はほとんど外国に暮らし、ドイツで死んだ。詩壇への登場は1808年からで、初期の市民詩、風刺詩ではデカブリスト詩人に近い。新旧文体論争ではカラムジンを支持、ロマンチシズムを擁護し、擬古典主義を排した。年とともに政治的信条、文学観ともに保守化したが、多岐のジャンルにわたる詩風は軽妙で変わらず、回想記『手帳』(1883~86)は19世紀前半の社会文化誌として史料的価値も高い。[島田 陽]

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