翻訳|Pharaoh
古代エジプトの国王の呼称。旧約聖書ではパロpar'ōh。語源は古代エジプト語ペル・アアper-aa(大いなる家=王宮)。第18王朝(前1552-前1306)以降,建物だけでなく王個人をも指すようになり,これがヘブライ語,ギリシア語pharaōを経てヨーロッパ諸語に伝わり,現在では古王国・中王国時代の国王に対しても用いられる。〈神なる王(神王)〉として天の神ホルスの化身,太陽神ラーの子とされ,この神性をよりどころに,神々と人間社会とを結ぶ存在として人間社会を含む全宇宙の調和ある統合(秩序)を保持する任務を課せられ,政治,経済,社会,文化,宗教のすべてを自らの手で動かすことをたてまえとする,高度に組織化された中央集権国家に君臨した。しかしファラオは〈専制君主〉でも〈神そのもの〉でもない。ファラオを〈神聖王権〉の典型とみる見解は,民族学者J.G.フレーザーの提唱以来支持者も多いが,近年では反論も活発である。例えばエジプト学者ホルヌングE.Hornungは,ファラオは歴史の舞台において主役である創造神(太陽神)を〈演じる〉ことにより,天地創造時に創造神が定めた秩序(マアト)を維持するがゆえに〈神とみなされる〉にすぎないとみる。ファラオ個人の人格よりもその果たす役割が重視されたのである。この役割を演じるため,創造神のもつ三つの能力--口にした言葉を現実化する〈権威ある発言(フウ)〉,〈正しい認識(シア)〉,〈呪力(ヘカ)〉--をもつとされた。王の理念と役割は〈ホルス名〉〈二女神名〉〈黄金のホルス名〉〈上下エジプト王名〉〈ラーの子名〉の五つからなる公式名に表現され,最後の二つは長楕円形のカルトゥーシュ(王名枠)で囲まれた。このような王権観は古王国時代に完成し,以後古代エジプト文明を通じて基本的に保持された。
宇宙秩序(マアト)の保持というファラオの機能は,現実面では対宇宙(自然)の宗教的機能(祭祀)と対人間社会の政治的機能(行政)とに二分でき,それぞれ神官と官僚により補佐される。しかし,いずれも王の機能を委任により行使する点では同一であり,両者の境界はきわめて流動的である。官僚を通じて行政のみならず経済活動を統制し,外国との交易を独占,農民より貢租を徴収するとともに,必要に応じてこれを再分配し,農民の賦役労働を組織して大土木事業や遠征(軍事,交易,採石,採鉱など)を実施した。また工房に組織した工人に原料,道具を供給して,すべてファラオの名において建造される記念建造物の壁面を飾らせ,そこに奉納される彫刻や工芸品を製作させた。祭祀は神官に委任されたが,神殿の壁面装飾では理念に忠実にファラオのみが祭祀の執行者として表現されている。戦争も秩序の維持者である王自らが行うべき祭祀の一部とみなされ,王は常に勝利者として表現された。
図像では,場合に応じて上エジプト王の〈白冠〉,下エジプト王の〈赤冠〉,両者を合わせた〈複合(二重)冠〉,兜状の〈青冠〉,頭布ネメスなどをかぶり,額には上エジプトの守護女神ネクベトを表すハゲワシと下エジプトの守護女神ウアジェトを表す聖蛇コブラ,あごには付鬚(つけひげ)をつけ,上半身はしばしば幅広の襟飾を除けば裸,腰衣シェンジェトをまとって獣尾を垂らす。両手に鉤杖と鞭状の笏を持つか,片手に支配権を表すウアス杖を持つかしていることが多い。
執筆者:屋形 禎亮
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古代エジプトの王のこと。古代エジプト語のペルオPer-oに由来するギリシア語。ペルオはもとは大いなる館すなわち王宮をさすことばであったが、第18王朝のトゥトメス3世が王をさすことばとして用いて以来、それが習慣化した。トゥトメス3世以前の王、したがって古王国時代の王も今日ではこの用語でよぶ。王は五つの称号をもっていて、そのなかの個人に関係する二つの称号(即位名、誕生名)はカルトゥシュ(楕円(だえん)形の枠)の中に記された。
[酒井傳六]
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…相次ぐ異民族支配の下でエジプト文明はますます神殿と神官の手で担われていくことになる。
【王朝時代の社会と文化】
[社会]
社会の中心は王,すなわちファラオ(旧約聖書ではパロ,エジプト語ペル・アア〈大きな家〉に由来)である。王は地上において創造神の役割を演じ,創造神が天地創造時に定めた宇宙秩序(エジプト語マアト)を維持し更新することが期待され,この意味で神と見なされた。…
…また,謝罪のため右肩をあらわにすることを肉袒という。 古代エジプトの王(ファラオ)が昇天するときはラーとオシリスの2神の肩の上に乗ると考えられていた(ペピ1世および2世の〈ピラミッド・テキスト〉)。バッジE.A.W.Budgeはアフリカでは族長とその妻たちが従者の肩に乗って旅するのを常とすることを考えれば,ラーやオシリスの肩に乗ることも不思議ではないと言う(《オシリス》2巻)。…
※「ファラオ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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