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フォッシュ Foch, Ferdinand

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フォッシュ
Foch, Ferdinand

[生]1851.10.2. タルブ
[没]1929.3.20. パリ
フランスの軍人。第1次世界大戦の連合国側の勝利に最も貢献したとされる将軍。 1870年の普仏戦争に志願したが実戦には参加せず,翌年ナンシーのエコール・ポリテクニクで学び,74年第 24砲兵隊に登録。 85年より陸軍大学校で学び,95年同大学校軍事史講師,1908年同大学校校長となった。第1次世界大戦中は 14年のマルヌの戦い,アルトワの戦いなどで活躍。 17年 P.ペタン将軍に代りフランス総司令官となり,18年に連合軍総司令官に就任。同年ドイツ軍の攻撃の前に壊滅しかかった連合軍をアメリカの大規模な救援部隊の到着まで,戦線をよく保持し,巻返しに成功。同年8月フランスの元帥,23年5月ポーランドの元帥となり,20年のベルサイユにおける休戦交渉の連合軍委員会委員長をつとめた。未完の著『回顧録』 Memoires pour servir à1904-1918 (2巻,1931) がある。

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デジタル大辞泉の解説

フォッシュ(Ferdinand Foch)

[1851~1929]フランスの軍人。第一次大戦末期、連合軍総司令官となって大戦を終結に導いた。対独強硬政策を主張。

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百科事典マイペディアの解説

フォッシュ

フランスの軍人。第1次大戦初期,マルヌ会戦でドイツ軍の進攻を阻止。1918年在仏連合国軍総司令官,元帥となった。戦後はドイツの軍備撤廃,ラインラント永久占領など強硬策を主張。

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デジタル大辞泉プラスの解説

フォッシュ

《Foch》フランス海軍の航空母艦。クレマンソー級航空母艦の2番艦。1963年就役。1990年代のユーゴスラビア紛争などに派遣。2000年に退役後、ブラジルに売却され、空母「サン・パウロ」となる。

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世界大百科事典 第2版の解説

フォッシュ【Ferdinand Foch】

1851‐1929
フランスの軍人,元帥。砲兵科出身。第1次世界大戦の初期,その指揮した第9軍の奮戦がマルヌの会戦を成功に導いた。ついで北部軍集団司令官としてアルトア,ソンムに戦う。1917年よりクレマンソー首相の全幅の信頼を受けて,参謀総長,西部連合軍総司令官として勝利のうちに戦争を終結した。戦後もライン自然国境を主張して,ドイツに対する強硬な態度を変えなかった。【石原 司】

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大辞林 第三版の解説

フォッシュ【Ferdinand Foch】

1851~1929) フランスの軍人。第一次大戦中、マルヌの戦いなどに活躍、のちに総司令官として連合軍を勝利に導いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フォッシュ
ふぉっしゅ
Ferdinand Foch
(1851―1929)

フランスの軍人。理工科大学校(エコール・ポリテクニク)を卒業して陸軍に入り、陸軍大学教授、ついで同学長を務めた。第一次世界大戦勃発(ぼっぱつ)(1914)に際して急造第九軍の司令官に任ぜられ、マルヌの会戦の奇跡的勝利に貢献した。その後、フランス北部軍司令官、参謀総長を歴任。大戦末期の1918年春、新設の連合国軍最高司令官に任命され、連合軍の最後の大攻勢の指揮をとった。同年11月、パリ北方コンピエーニュの森での対ドイツ休戦条約調印の際、連合国を代表して署名した。翌1919年のパリ講和会議では、フランスの安全保障を理由にライン川左岸のドイツ領の併合を主張し、英仏両国のみならず自国のクレマンソー首相とも対立した。大戦末期に陸軍元帥に任ぜられたように、晩年はフランス陸軍の栄光を体現し、アカデミー・フランセーズ会員でもあった。[平瀬徹也]

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世界大百科事典内のフォッシュの言及

【第1次世界大戦】より

…そこでドイツ軍は1918年3月21日から5月にかけ西部戦線で総攻撃を開始したが,しかし,それ以上は補給が続かず,進撃を停止した。これに対してアメリカの軍事力も加わった連合国側は指揮系統を統一して連合軍総司令部を設置し,最高司令官フォッシュFerdinand Foch(1851‐1929)の統率のもとに反撃に転じ,8月8日イギリス軍はソンムの戦でドイツ軍の優勢を覆した。 同盟国側の降伏は,サロニカから北上した連合軍に衝かれたブルガリアの1918年9月27日の降伏にはじまり,10月30日にはパレスティナを根拠地とするイギリス軍に圧倒されたトルコが降伏に追い込まれた。…

※「フォッシュ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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