改訂新版 世界大百科事典 「フッ素化学」の意味・わかりやすい解説
フッ(弗)素化学 (ふっそかがく)
fluorine chemistry
フッ素およびフッ素の化合物を取り扱う化学。フッ素の存在は16世紀ころから知られてはいたが,フッ素はあらゆる元素のなかで電気陰性度が最大で反応性が強いため単体として取り出すことがなかなかできなかったほどであり,1886年ようやくフランスのF.F.H.モアッサンによって取り出された。化合物の多くがガラス質を侵し,しかも毒性が強く,取扱いが難しかったため,この分野の発展はとくに遅れていた。しかし工業的には,蛍石をはじめとする無機化合物が,ケイ酸塩工業に盛んに用いられていた。1930年ころから,きわめて不活性な性質をもつフッ化炭素であるフロン(商品名フレオン)がつくられて新しい冷媒として登場し,また耐フッ素性の強いフッ素の入った合成樹脂(商品名テフロン)がつくられるようになって,フッ素化合物の取扱いが容易になってきた。また40年ころからアメリカにおける原子爆弾製造で,揮発性のフッ化ウラン(Ⅵ)UF6を大量に取り扱うことが契機となって,原子力産業の発展とともにフッ素化学の分野は研究が活発となった。現在工業的には,フッ素樹脂やフレオンをはじめとして,フッ素ゴム,エーロゾル,消火剤,界面活性剤,潤滑油などの有機フッ素化合物が大量につくられ,開発されている。そのためフッ素化学も,これらの有機フッ素化合物を中心とした研究が行われている。フッ素原料は天然に存在する蛍石CaF2が主で,これを硫酸で処理してフッ化水素HFとして取り出す。そのほかにもフッ素リン灰石からリン酸肥料をつくるとき,フッ化水素が副産物として得られている。フッ化水素およびこれから得られるフッ素ガスや金属フッ化物,硫黄フッ化物などが有機化合物のフッ素化剤として用いられている。これに対し無機化合物では,テフロンをはじめとする耐フッ素性の各種合成樹脂が大量に安価につくられるようになってから,フッ素化合物も普通のハロゲン化合物と同じように取り扱われるようになって,特別な化合物ではなくなった。しかし無機フッ素化学での特徴は,貴ガスのフッ素化合物である。古く貴ガスは化合物をつくらないとされていたが,1962年カナダのバートレットN. Bartlettが初めてXePtF6をつくって以来,XeF2,XeF4,XeF6,KrF2などの貴ガス元素化合物がつくられるようになり,その応用に関する研究が展開されている。
執筆者:中原 勝儼
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報