フルトウェングラー

百科事典マイペディアの解説

フルトウェングラー

ドイツの考古学者。1878年―1979年オリュンピアの発掘に参加し,のちミュンヘン大学教授,ミュンヘン古代博物館長となる。古代ギリシア美術を鋭い鑑識眼と精緻(せいち)な文献考証により解明,特に前5世紀―前4世紀の彫刻の研究に貢献した。
→関連項目フルトウェングラー

フルトウェングラー

ドイツの指揮者,作曲家。高名な考古学者A.フルトウェングラーを父にベルリンに生まれ,幼少期から楽才と画才を発揮。8歳で移り住んだミュンヘン近郊で家庭教師による恵まれた教育を受け,作曲家J.ラインベルガー〔1839-1901〕,M.vonシリングス〔1868-1933〕に音楽を学んだほか,考古学者R.クルティウス,彫刻家A.vonヒルデブラントなどに学ぶ。作曲活動の一方,20歳でブレスラウ市立劇場の合唱指揮者となり,以後ドイツ各地の歌劇場で指揮者・音楽監督を歴任。1922年からニキシュを継いでライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任,1927年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者にも就任した。1933年ベルリン国立歌劇場音楽監督。第2次大戦後,ナチスへの協力を理由に音楽界から一時追放されるが,メニューインらの尽力もあり1947年に復帰。ベルリンやウィーン,バイロイト音楽祭などで活動を続けた。作曲家としては後期ロマン派的な作風をとり,番号なしの初期作品を含む4つの交響曲(1903年―1954年)などを残している。著作も多い。→カラヤンミュンシュ/B.ワルター
→関連項目クベリークピアティゴルスキーヒンデミットベルリンホロビッツ

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世界大百科事典 第2版の解説

フルトウェングラー【Wilhelm Furtwängler】

1886‐1954
ドイツの指揮者。ベルリン生れ。ミュンヘンで音楽を学び,早くから作曲を始める。各地の歌劇場で指揮者としての経験を積み,1911年リューベックで本格的活動を始める。マンハイム歌劇場,ウィーンのトーンキュンストラー管弦楽団を経て,22年ニキシュの後任としてライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団とベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者となる。ロンドンやニューヨークでも客演し,さらに27年からはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者も兼ね,31年バイロイト音楽祭音楽監督,33年にはベルリン国立歌劇場総監督にも就任した。

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