コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

フルブライト フルブライト Fulbright, James William

7件 の用語解説(フルブライトの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フルブライト
フルブライト
Fulbright, James William

[生]1905.4.9. アメリカミズーリサムナー
[没]1995.2.9. アメリカ,ワシントンD.C.
アメリカの政治家。アーカンソー大学,オックスフォード大学ジョージ・ワシントン大学に学んだ。 1936年アーカンソー大学総長。 42年民主党の連邦下院議員。 45年以来 77年の引退までアーカンソー州から連邦上院議員に連続当選した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

フルブライト

米国の政治家。諸大学で法学を講じ1939年アーカンソー大学総長,1943年民主党下院議員,1945年以後上院議員。党内進歩派の有力者で1959年以後上院外交委員長を勤め,ベトナム戦争に批判的であった。

フルブライト

フルブライト交流計画

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

フルブライト Fulbright, James William

1905-1995 アメリカの政治家。
1905年4月9日生まれ。1939年母校アーカンソー大の学長となる。1943年下院議員(民主党)に当選,1945-74年上院議員。1959年から15年間上院外交委員長をつとめた。1946年研究者,学生らの国際交流のためのフルブライト法を提案したことで知られる(日本から6500人以上が留学)。1975年政界を引退し,弁護士となる。1995年2月9日死去。89歳。ミズーリ州出身。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

フルブライト【James William Fulbright】

1905‐95
アメリカの政治家。ミズーリ州に生まれたが,アーカンソー州で育ち,弁護士から教育者に転向し,アーカンソー大学などで教え,1939年から41年まで同大学学長を務めた。その後政界に転じ,45年から74年まで連邦上院議員に選出され,1949年以降,上院外交委員会のメンバーとして活動し,15年間その委員長を務めた。研究者・学生の国際交流のためのフルブライト交流計画の創始者として知られる。【有賀 貞】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

フルブライト【James William Fulbright】

1905~1995) アメリカの政治家。アーカンソー大学学長、下院・上院議員を歴任。世界諸国との教授・学生交換を定めた「フルブライト法」(1946年)により知られる。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フルブライト
ふるぶらいと
James William Fulbright
(1905―1995)

アメリカの政治家。アーカンソー大学、オックスフォード大学などに学ぶ。1934~1935年にアメリカ司法省反トラスト局に勤めたのち、アーカンソー大学などで教鞭(きょうべん)をとり、1939年同大学学長に就任。1942年連邦下院議員。1945年から1975年1月までアーカンソー州選出民主党連邦上院議員。1959年から16年間、上院外交委員長を務め、ハト派議員として活躍。その後、ワシントンで弁護士業に従事。奨学金による大学院生、学者、専門家の交流計画を定めたフルブライト法(1946)の提案者として知られる。これは日米間では1952年(昭和27)に開始され、2005年までに約7000人の日本人が渡米し、約2000人のアメリカ人が来日している。[藤本 博]
『J・W・フルブライト著、平泉渉訳『アメリカ外交批判――力のおごり』(1968・鹿島出版会)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

フルブライトの関連キーワードアメリカの声アメリカ杉アメリカン亜米利加アメリカの没落アメリカの夢アメリカ アメリカアメリカの影アメリカン・コモンウェルス《アメリカの政治的伝統》

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

フルブライトの関連情報