燃素説ともいう。可燃性の物質原素としてフロギストン(燃素と訳されることもある)を立て,燃焼現象をはじめ物質の化学的性質をそれによって説明しようとした説。18世紀ヨーロッパに流行した。
パラケルスス以来の錬金術の伝統に従えば,物質のもろもろの性質を担う直接的な役割は,水銀,硫黄,塩の三つの物質的原質である。このなかで硫黄は火や燃焼にかかわるものと考えられた。17世紀後半ベッヒャーがこれを批判的に継承し〈油性の土terra pinguis〉と呼んだ。ベッヒャーの考えでは無機的な物質は〈土〉を本体とし,土は3種に分けられたが,この〈油性の土〉はそのうちの一つである。この〈油性の土〉は〈燃える硫黄〉とも呼ばれ,物質はこの原質を含むことによって色と可燃性とをもつ,と考えられた。金属は主としてこうした3種の〈土〉の変成過程のなかで完成されていく,という錬金術の発想が背景となっている。
同じ背景のもとに,G.E.シュタールは,金属の煆焼(かしよう)(灰化)とその再生という錬金術上の問題に,ベッヒャーの〈油性の土〉説を応用しようと試み,フロギストン説を立てた。
すなわち,煆焼とは金属内に含まれるフロギストンの解離であり,それにフロギストンを与える(現代流にいえば還元である)と灰化金属(金属酸化物)は再生する。こうしてフロギストンは金属成分として重要視され,金属の展性や延性,不透明性などもこれによって説明される傾向を生んだ。一方,灰化金属のほうが煆焼する以前の金属よりも重いという事実は,ベネルG.F.Venel(1723-75)のように,フロギストンが負の重さをもつ,という主張を生んだ。
フロギストンは金属以外にも転用され,むしろすべての可燃性物質は,みずからのなかにフロギストンをもつ,という可燃性一般の原理としても広がった。この場合ルエル,G.F.Rouelle(1703-70)のように,フロギストンはむしろ〈土〉ではなく〈火〉に相当すると考えられた。こうしてラボアジエによる酸素の発見により終止符を打たれるまで,シュタール以降多くの異説が生まれた。
→燃焼
執筆者:村上 陽一郎
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17世紀後半から18世紀後半まで約100年間にわたって化学現象の説明に支配的地位を占めた化学理論。フロギストンとはギリシア語の「燃える」という形容詞に由来することばで、仮想物質である。フロギストン説の創始者はドイツの医者のベッヒャーで、彼は固体の土性物質は一般に三つの成分を含み、すべての可燃性物質には油性の土が含まれるとした。18世紀初め、ドイツのシュタールはベッヒャーの説を受け継ぎ、油性の土(可燃性土元素)をフロギストンと名づけた。彼は、フロギストンは可燃物質や金属などの中にすべて含まれており、とくに木炭や硫黄(いおう)、油など燃えやすい物質は多量のフロギストンとわずかの灰からできており、燃焼は可燃物質からフロギストンが放出され、灰が残る現象と考えた。金属の灰化(酸化)も同じ現象である。フロギストン説は化学現象を統一的に説明する理論として、18世紀なかばには広く受け入れられた。キャベンディッシュ、ベリマン、プリーストリー、ブラックら当時の有力な化学者はその存在を信じ、その実験的成果をすべてフロギストン理論で説明した。フロギストン説は広く支持されたが、「重さ」についての欠点をもっており、重さを量りながら化学変化(質的変化)を追究する定量的な方法が発展するなかで、ラボアジエがフロギストン説に疑問をもち、さまざまな燃焼実験を通じて酸素の役割を明らかにし、フロギストン説を否定するに至った。
[渡辺 伸]
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…この考え方をさらに推し進めたG.E.シュタールは,可燃性の本体を〈点火する〉という意味のギリシア語にちなんで〈フロギストンphlogiston〉と命名した。フロギストン説によると,燃焼は可燃性物質からのフロギストンの放出であった。また,冶金は,フロギストンに乏しい鉱石に木炭が含むフロギストンが移行して金属を生じる過程,として説明された。…
…主著に《真正医学説Theoria medica vera》(1708)があり,アニミスムスは18世紀後半の生気論の口火となった。また,1703年燃焼という現象を説明するために物理元素の一つとしてフロギストンの存在を仮定し,〈物体が燃えるとき,物体のなかからフロギストンが迅速な旋回運動をして逃げ去る〉というフロギストン説を提唱したことは名高い。【古川 明】。…
※「フロギストン説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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