改訂新版 世界大百科事典 の解説
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (プロテスタンティズムのりんりとしほんしゅぎのせいしん)
Die protestantische Ethik und der “Geist”des Kapitalismus
M.ウェーバーの,ある意味では彼を代表するほどの有名な論文。1905年,彼がW.ゾンバルトとともに編集する雑誌《Archiv für Sozialwissenschaft und Sozialpolitik》に公表され,その後直ちにゾンバルト,L.ブレンターノ,F.ラッハファール,E.トレルチなど多くの学者の間に激しい論争が生じた。ウェーバーは19年末ころからこの論文の大量加筆に着手し,《宗教社会学論集》第1巻(1920)に掲載された。この論文は彼が40歳のときに書いたものであるが,数年の闘病生活の後の最初の画期的な学問的創造の作品となった。提起された問題の画期的な新しさや意義の重要性は,単にウェーバーのその後の全学問的業績の中核的地位を占めている点にみられるばかりでなく,その後の社会科学や広く思想,文化に関連する学問諸領域に深大な影響を及ぼした点においても現れている。日本においてはとくにその影響は,大塚久雄の経済史学の業績をはじめ,丸山真男の思想史学,川島武宜の法社会学等々と,その射程の大きさ,深さ,独自性を現している。アメリカではT.パーソンズを介して影響が社会学のアメリカ的形態の形成に導かれていったが,その影響の流れと比較するとき,日本におけるウェーバー受容が,ウェーバーのこの論文に示された方法と精神のいっそう深い継承であったことが知られよう。
この論文の新しい問題提起は,ヨーロッパ近代文化の全体を貫通する基本的特徴,つまり近代の政治,経済,法,倫理,芸術,社会生活,宗教等のあらゆる文化領域を貫通しその特徴となっているものを,世界史上唯一無二の独自性をもつ〈合理主義〉にみて,その検証を,近代資本主義の特殊に合理的な精神構造(エートス)とプロテスタンティズムの合理的エートスとの歴史的関連の問題として解明した点に現れた。〈エートスEthos〉という用語は,1919年の論文の改訂のときに,ウェーバーが数ヵ所新たに挿入したり,〈倫理〉を〈エートス〉に書き替えたりしたもので,宗教倫理(プロテスタンティズムの〈倫理〉)に深く由来しつつ近代の資本主義の経営,生産,労働の特殊な精神的傾向(=エートス)として形成されたもので,きわめて重要な概念である。この論文でウェーバーは,ある意味でマルクスの《資本論》の世界に対応し対抗しうる一つの学問的方法世界を切り開いたといえよう。日本のみならず,すでに国際的にマルクスとウェーバーの関連が重要な研究関心の一つとなっているのは当然のことである。
この論文の英訳はパーソンズによって30年に出たが,日本では梶山力によって38年に訳された。第2次大戦後大塚久雄がこれに加筆して共訳として岩波文庫から出版されたが(上巻1955,下巻1962),梶山の名訳によって戦前の日本の学問と思想に計り知れぬ巨大な影響をこの論文は及ぼすことができた。
執筆者:内田 芳明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報