ヘップワース(英語表記)Hepworth, (Dame Jocelyn) Barbara

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヘップワース
Hepworth, (Dame Jocelyn) Barbara

[生]1903.1.10. ヨークシャー,ウェークフィールド
[没]1975.5.20. コーンウォール,セントアイブズ
イギリスの女性彫刻家。 1920年リーズ美術学校,1921~24年ロイヤル・アカデミーで学ぶ。イタリアで石の直彫 (じかぼり) を修得し,1928年ロンドンで初の個展。 1933年画家 B.ニコルソンと結婚。 1939年以降コーンウォールのセントアイブズで制作。ニコルソン,美術評論家 H.リード,彫刻家 H.ムーアらとグループ「ユニット・ワン」を結成。またパリの「アブストラクシオン・クレアシオン」のメンバーでもあった。 1959年第5回サンパウロ・ビエンナーレでグランプリ,1963年第7回東京ビエンナーレで外務大臣賞を獲得。繊細な感受性と抒情性に富む明快な作風が特色。イギリスの代表的抽象彫刻家の一人。火事で死亡。セントアイブズにヘップワース美術館がある。

ヘップワース
Hepworth, Cecil

[生]1874. ロンドン
[没]1953
イギリス映画の開拓者。さまざまなジャンルの映画を撮り,技術的にも貢献

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百科事典マイペディアの解説

ヘップワース

英国の女性彫刻家。ヨークシャー生れ。16歳で彫刻を志し,リーズ美術学校に入学,そこで知り合ったムーアとともにロンドンのローヤル・アカデミーに進む。ローマに留学し彫刻家アルディーニArdiniに会って直彫りの手法を知り,1931年から石をくりぬいた彫刻を制作。1930年B.ニコルソンと結婚し(1951年離婚),ともに英国抽象芸術の推進に活躍した。1939年セント・アイブスにアトリエを移し,有機的な独自の形態を追求した。自宅の火災で死去。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヘップワース
へっぷわーす
Barbara Hepworth
(1903―1975)

イギリスの女流彫刻家。ヨークシャーのウェークフィールドに生まれる。リーズ美術学校およびロンドンのロイヤル・アカデミー美術学校に学び、1924年イタリアに留学。30年代初頭から抽象彫刻を試みたが、パリで出会ったブランクーシやガボ、アルプらの影響もあって、彼女の作品は抽象彫刻とはいっても幾何学的な冷たさのない、温かみのある有機的なフォルムに特徴がある。32年画家ベン・ニコルソンと結婚し(51年離婚)、彼とともに「抽象=創造(アプストラクシオン・クレアシオン)」や「ユニット・ワン」などのグループに精力的に参加、多くの前衛作家と交流をもった。39年からコーンウォールのセント・アイブスに移り住むと、彼女の作品はますます自然のリズミカルな躍動感に息づき、素材に対する感覚が研ぎ澄まされていった。59年の第5回サン・パウロ・ビエンナーレで大賞を受賞した。セント・アイブスにヘップワース美術館がある。[谷田博行]

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