アブストラクト・アートabstract artの訳。non-figurative art(非具象芸術),non-objective art(非対象芸術)の語も用いられるが,それらの区別は必ずしも厳密ではない。絵の中に描かれたリンゴは現実のリンゴではないことからもわかるように,ある意味では美術とはすべて抽象であるということもできる。しかし近代美術において〈抽象〉という場合,普通は〈現実世界を再現,または思い起こさせることのない〉(フランスの美術批評家,画家スーフォールM.Seuphor)美術を指す。もちろん,そういう意味での抽象芸術は近代以前にも存在しており,それはとくに,W.ウォリンガーが言ったように,〈装飾〉に対して人間が根源的で本能に近い欲望をもっていることからもうかがうことができる。しかし,古来の〈装飾〉のなかにわれわれが〈抽象芸術〉の根を探るようになるのは,実は抽象芸術の前段階といってよい動向が現れはじめる19世紀末以降のことにほかならない。
19世紀末において抽象芸術を予告していた動向は,次の三つに要約できる。第1は,眼に映るとおりの印象を描こうとしたという意味で写実主義の極致であった印象主義が,たとえばモネの晩年の作品がほとんど抽象と呼びうる画面を実現したように,実は一種の抽象化へのきっかけになったという事実。第2は,ゴーギャンを師とするナビ派の画家たちがきわめて装飾性の強い絵画を実現したこと。第3は,装飾美術を中心に当時アール・ヌーボーと呼ばれた傾向のなかに装飾化や平面化への動きが認められたこと。
こうして世紀末から世紀の変り目にかけて準備されていた下地の上に,抽象芸術は第1次大戦前後の時期にさまざまなかたちで現れてくる。すなわち,まず,当時ミュンヘンにいたカンディンスキーの1910年ころからの試み,キュビスムにおける描写対象の分解・分析・総合,キュビスムから枝分かれしたR.ドローネー,ピカビア,クプカF.KupkaらによるオルフィスムOrphismeの音楽的詩的抽象,マレービチの純粋幾何学的抽象の試みであるシュプレマティズムといった動きが抽象芸術を形づくる。次いで,オランダで新造形主義をかかげたモンドリアン,彼を支持したファン・ドゥースブルフらの絵画,彫刻,デザイン,建築等の各分野にわたる運動であるデ・ステイル(1917年より同名の雑誌を刊行),革命後,やはり各分野にわたる広がりをみせたロシアの構成主義(タトリン,リシツキー,ガボ,ペブスナー,ロドチェンコら)などによって抽象芸術は急速に広まり,両大戦間にはシュルレアリスムと並ぶ一大動向を形成し,1930年代には早くもマンネリ化,アカデミズム化の現象すらみせている。そして第2次大戦後,アメリカのポロック,ヨーロッパのフォートリエ,ボルスらを先駆とする抽象表現主義的動向が,1950年代にはほぼ世界中を席巻する。
抽象芸術は日本にも大正時代からいろいろなかたちの情報によってもたらされ,シュルレアリスムとともに昭和初期の前衛美術の主流をなしたが,その後太平洋戦争によって窒息させられ,戦後,1950年代後半から欧米の抽象表現主義が移入されて開花する。
第2次大戦後の抽象芸術については,抽象表現主義によって一つの頂点をむかえた戦前からの抽象の流れのほかに,新しい系統をみてとることが必要である。もちろん,それは戦前からの抽象と無関係に出現したものではないが,そこにカンディンスキーらに始まる抽象絵画とは異質の新しさがあることも否定できない。言い換えれば,この系統を歴史的にどう位置づけるかが,〈抽象芸術〉という言葉と概念そのものの再検討を迫るのである。この新しい系統を今の段階で整理することはむずかしいが,かりに大別すれば,(1)抽象表現主義の流れをくむ表現性,精神性,感情性の実現を主眼とする傾向(クライン,マンゾーニ,ロスコ,ニューマン),(2)ハード・エッジ(アド・ラインハート)やミニマル・ペインティング(ミニマル・アート)(ケリー,ステラ)などの色面絵画的傾向,(3)オップ・アート(バザレリー,ライリー,プーンズ)などの視覚的な効果を狙う抽象的傾向,などがあげられる。
執筆者:千葉 成夫
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…だが,第1次大戦中におこったダダは,嫌悪と自発性を原理として,芸術のタブラ・ラサ(白紙状態)への還元を求め,あらゆる物体や行為も芸術作品たりうることを立証した点で,カンディンスキーの精神の三角形を逆立ちさせた観がある。事実,前衛芸術の概念が普及したのは,ブルジョア社会の破局があらわになった第1次大戦以後で,抽象芸術とシュルレアリスムがその二大潮流を形づくったほか,プルースト,ジョイス,A.V.ウルフ,A.ハクスリー,カフカ,ピランデロ,ドス・パソスらの文学も,先鋭な方法的実験によって注目された。反面,革命精神も流派や様式として実体化されると,モダニズムの風潮に飲み込まれがちで,ロシア革命後ソ連のプロレトクリトの運動や,資本主義諸国のプロレタリア芸術運動は,その点を厳しく批判したから,〈革命の芸術と芸術の革命〉〈政治の前衛と芸術の前衛〉の統一が絶えず求められた。…
※「抽象芸術」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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