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ペルガモン王国 ペルガモンおうこくKingdom of Pergamon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ペルガモン王国
ペルガモンおうこく
Kingdom of Pergamon

ペルガモンを中心に前3~2世紀に栄えたギリシア系王国。町自体は前5世紀頃から存在したが,アッタロス朝の王都として重要になった。初めセレウコス朝の宗主権下にあったが,前 263年エウメネス1世アンチオコス1世から独立,その甥アッタロス1世がケルト系のガラチア人の侵入を撃退して,前 241年王を称した。セレウコス朝と対立したローマと同盟し,前 188年までにリュディアフリュギアリュカオニア,ピシニアに版図を広げたが,後継者のなかったアッタロス3世が前 133年領土をローマに献上,ローマはこれを属州アシアに編成した。ローマ滅亡後はビザンチン帝国に属し,14世紀初期,オスマン帝国に征服された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ペルガモンおうこく【ペルガモン王国】

小アジア北西部の都市ペルガモンPergamon(現,トルコ領ベルガマ)を中心に,最盛期はミュシア,リュディア,フリュギア,ピシディアの各地方にまでまたがったヘレニズム時代の王国。前282年マケドニア系のフィレタイロスPhiletairosがセレウコス朝の宗主下にこの都市の支配者となり,前278‐前276年にガラティア人の侵入を退けてアッタロス王朝の基礎を確立した。前262年エウメネス1世Eumenēs Iはセレウコス朝から離反して独立した。

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世界大百科事典内のペルガモン王国の言及

【アッタロス[1世]】より

…在位,前241‐前197年。ペルガモン王国の支配権を手に入れると,ガラティア人への朝貢を拒否。前241年彼らを破って王の称号を名のる。…

【小アジア】より

…この混乱期に各地の有力者が独立し,カッパドキア,アルメニア,ビテュニア,ガラティア,フリュギア,キリキア,ピシディアなどの国や地方に分かれ始めた。セレウコス朝の衰退に伴ってこの傾向はいっそう顕著となり,前3世紀半ばに起こったペルガモン王国とポントス王国とが中でも最も強大となった。前2世紀半ば以降共和政ローマの力がしだいに小アジアにまで及び,前129年旧ペルガモン領に直轄領たる属州アシアが設けられた。…

※「ペルガモン王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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