翻訳|homeostasis
生物の生理系(たとえば血液)が正常な状態を維持する現象を意味する言葉で,〈等しい〉とか〈同一〉という意味のhomeoと,〈平衡状態〉〈定常状態〉の意味のstasisを結びつけて,アメリカの生理学者キャノンW.B.Cannonが1932年に提唱したもの。恒常性とも訳される。
直接外環境の変動にさらされているバクテリアや単細胞の動植物とちがって,多細胞生物は体表に外被(皮膚,樹皮など)があり,体内に体液,樹液があるので,細胞にたいする外界の影響は多少とも間接的なものになる。多細胞生物の細胞にとっては,生体内の液体が直接の環境であり,その恒常性を維持することは,細胞が正常にはたらくために有利な条件である。動物の体液について,このような恒常性の重要性を指摘した最初の人は,フランスの生理学者C.ベルナールであり,体液を内部環境と呼んで,その固定性を生物の独立生活の条件とみなした。彼の概念をキャノンがホメオスタシスという語で生体の一般的原理として発展させたのである。
多くの多細胞動物は,内部環境である血液の性状,すなわち酸素,二酸化炭素,塩類,ブドウ糖,各種タンパク質などの濃度やpH,粘度,浸透圧,血圧などを,一定の範囲に保つ調節能力を備えている。また定温動物では,体温を調節する機構が発達している。このような調節は,一般に神経とホルモンによって行われ(神経性調節と液性調節),中枢神経系の中に特別の調節中枢が存在する場合が多い。特定の受容器で血液の物理的・化学的性状の変化を検知し,自律神経系や神経-内分泌系によって,定常状態に戻す方向の指令を発する。その結果,血液に生じた効果は再び中枢にフィードバックされて,指令が修正される。神経性調節でも液性調節でも,特定の調節機構には,通常拮抗的にはたらく複数の神経やホルモンが関与しており,あるものは促進的,あるものは抑制的に作用する。たとえば,われわれの血液中のブドウ糖の濃度(血糖濃度)はふつう80~100mg/100mlであるが,食後にこれが増加する。この増加が膵臓(すいぞう)からのインシュリンの分泌を刺激する。インシュリンは筋肉や肝細胞の糖吸収を促し,血糖濃度が低下する。血糖濃度の低下はインシュリンの分泌を抑制する。膵臓から分泌されるもう一つのホルモンであるグルカゴンと副腎髄質から分泌されるエピネフリン(アドレナリン)は,インシュリンとは拮抗的に血糖濃度を上昇させるはたらきがある。定温動物の体温調節では,血液の温度や皮膚温の変化に応じて間脳にある体温調節中枢が自律神経系を通じて,皮膚毛細血管の拡張・収縮,皮膚の緊張・弛緩,立毛の程度などを変化させて,体表からの放熱量を調節し,チロキシンやエピネフリンなどの分泌を増減することによって,産熱量を調節する。
ホメオスタシスは元来上記のような個体の生理系の維持を表す語であったが,その適用の範囲は生理学の分野以外にも広げられ,生物系の種々の階層における安定した動的平衡状態を表すのに使われるようになった。たとえば,生物群集における種の構成の安定性を生態的ホメオスタシスとよび,また,同種の個体群における遺伝子分布の安定した平衡状態を遺伝子ホメオスタシス,発生過程で一定した表現型を発現する現象を発生的ホメオスタシスという。
執筆者:佃 弘子
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生物体または生物システムが間断なく外的および内的環境の変化を受けながらも、個体またはシステムとしての秩序を安定した状態に保つ働きをいう。恒常性ともよぶ。フランスのC・ベルナールが、体液の状態は環境が変化しても一定に保たれるような調節作用があるという考えを発表したが、アメリカのキャノンWalter B. Cannon(1871―1945)はこの考えを発展させ、恒温動物における体温の恒常性、生物の防衛手段にも当てはめた。キャノンはホメオスタシスの用語を提唱したとき、固定して動かない状態を意味するのではなく、「変化しつつも安定した定常的状態」を意味すると述べた。ホメオスタシスの維持に有効に働くのは、神経系、内分泌系、免疫系であるが、キャノンはとくに自律神経系の働きに注目した。自律神経の働きにより、たとえば体温は無意識のうちに自動的に調節される。自動制御の能力が増すことによって生物はそれだけ外部環境から独立して自由度を増すことができる。腎臓(じんぞう)による体液の浸透圧調節能力はすべての脊椎(せきつい)動物に備わっているが、体温調節能力は鳥類と哺乳(ほにゅう)類に備わっている。これらを生理的ホメオスタシスとよぶが、この概念を拡大して定義される異なるレベルでのホメオスタシスがある。生態学的ホメオスタシスは生物群の社会的・生態的関係が安定していることをさし、動物の行動様式が一定であるのは行動学的あるいは心理学的ホメオスタシスという。発生学的ホメオスタシスとは、生物の一生は動的な変化の過程であるが、質的変化を伴いながら、それぞれの発生段階でホメオスタシスを維持していることをさす。
[川島誠一郎]
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(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
生体の恒常性維持機構.生体内で維持されているイオン組成などの動的平衡状態そのものをさす場合もある.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…どの研究も家族への心理療法的ないしはケースワーク的接近に基づいている。提出された概念をいくつか列挙すると,〈家庭内における世代間境界の混乱〉(T.リッツ),〈家庭のホメオスタシス〉(D.D.ジャクソン),〈二重拘束(ダブルバインド)仮説〉(G.ベートソン,ジャクソンら),〈偽の相互性〉(L.C.ウィン),〈家庭神話〉などである。一,二について少し解説を加えると,世代間境界の混乱とは,例えば両親のどちらかが相手に対し配偶者としてより子どもの役割を演じる場合とか,息子に対し母が母としてよりも異性としてふるまう場合などをいう。…
…さらには,生物主体が〈適応〉過程を通じて環境の中で最適な条件を選ぶという能動性を強調する立場も登場している。 クロード・ベルナールは外界の環境が激しく変化しても生物が生きていけるのはその〈内部環境milieu interieur〉(この場合の主体は細胞や組織)を一定に保つ能力があるためであるということを指摘し,この能力をホメオスタシスと呼んだ。今日この概念は外部環境にも逆輸入され,生態系のホメオスタシスといった使い方もされるようになっている。…
…20世紀に入ってからは,それを契機として感情の消化への影響効果に興味をもったが,その研究の結果,交感神経・副腎系の重要性を認識し,それを中心課題として系統的研究を始めた。1930年代に交感神経末端の化学伝達物質の研究に大きな成果を残し,一方で生体の制御の全体,とくに血液に関するさまざまな調節機構に注目し,C.ベルナールの〈内部環境〉を〈液体マトリックス〉として具体的に定式化し,1926年には〈ホメオスタシス〉概念を提出した。すなわち交感神経・副腎系をはじめとする複合的反応過程により,いかに生体の定常状態が保たれるのかを示したのであり,これは《からだの知恵》(1932)の中で十分に論じている。…
…また,神経とホルモンの調節以外にも,たとえば心臓に血液が増えると心臓の働きが亢進するように,自律機能に関与する諸器官そのものの状態によっても自動的に調節される場合もある。このような生体の調節機能の全体をホメオスタシスと呼ぶ。自律機能との対比で運動機能がある。…
…セリエは,高血圧症,胃・十二指腸潰瘍,糖尿病,リウマチ性疾患などの一部はこのようなストレスの過程に起因すると考えた。このセリエの汎適応症候群の概念は,基本的にはW.B.キャノンのホメオスタシスのそれと一脈通じるものがある。
[ストレスと病気]
ストレスの原因となるストレッサーとしてはさまざまな要因がある。…
※「ホメオスタシス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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