改訂新版 世界大百科事典 「ボダイジュ」の意味・わかりやすい解説
ボダイジュ (菩提樹)
Tilia miqueliana Maxim.
寺院などに多く植栽されるシナノキ科の落葉高木。中国大陸から朝鮮半島に分布し,日本には天台山のものを禅宗を伝えた栄西が12世紀にもたらしたといわれている。高さ10mあまりになり,樹皮は灰白色。葉は円心形で,若枝や葉柄には星状毛を密生し,葉裏にも細星状毛を密生する。花は初夏に咲く。果実は念珠を作るのに用いられる。ボダイジュの仲間のシナノキは,北半球温帯域に約30種あり,ヨーロッパでは重要な街路樹,公園樹となっているし,樹皮の繊維が広く利用されている。ヨーロッパのリンデンlindenと呼ばれるものは,ナツボダイジュT.platyphyllos Scop.とフユボダイジュT.cordata Mill.およびその雑種のセイヨウシナノキT.× europaea L.(英名common linden)をさすといわれる。
釈迦が,その木の下で菩提を成就し,仏となったという菩提樹は,仏教やヒンドゥー教で神聖な木とされている。このインドの本来の菩提樹はインドボダイジュFicus religiosa L.(英名bo tree,bodhi tree)の名で呼ばれるクワ科の常緑広葉樹で,葉は広卵心形で先端は尾状にとがっている。しかしインドボダイジュは熱帯植物で,仏教の伝来した中国では育たない。なおムクロジ科の落葉高木モクゲンジのように念珠を作るのに使用される植物も,菩提樹と呼ばれることもある。
執筆者:堀田 満
インドボダイジュ
インドボダイジュはサンスクリット語でアシュバッタAśvatthaあるいはピッパラPippalaと呼ばれ,漢訳仏典ではそれぞれ阿説他(あせつた),畢鉢羅(ひはつら)と音写される。この木の下で釈迦が悟りをひらいたことにちなみ,仏教徒は〈ボーディ・ブリクシャBodhi-vṛkṣa〉(〈悟りの木〉の意)と呼びならわした。〈菩提樹〉はこの呼称を漢訳したことばである。ボードガヤーに実在したこの記念の菩提樹は,〈悟り〉あるいは釈迦自身の象徴として崇拝された。この木は代々崇拝の対象とされ,《大唐西域記》によれば,祭りの日には聖俗ともに集まって香水,香乳をそそぎ,音楽を奏して供養したとされ,現在もなん代目かの〈悟りの木〉はボードガヤーに実在している。また,初期の仏教徒は仏像を作らず,仏伝図においても釈迦を人間の姿では描かなかったが,その代りに用いられたのは,釈迦と〈悟り〉をあらわす菩提樹と,彼の教えを象徴する〈法輪〉の図像であった。さらに大乗仏教の経典には,極楽世界にそびえて微風に妙音を発し,それを聞くだけで悟りに達するという,神秘化された菩提樹も登場する。
インドでは仏教以前の古来より,この木アシュバッタをバニヤンとともに〈森の王〉と呼び,聖樹として崇拝してきた。すでにインダス文明の陶器の紋様などに現れ,その時期から崇拝されていたと推測される。ベーダ時代には,神々に捧げるソーマを入れる椀,聖火を点ずるための鑽(さん)(きり)などに加工された。また敵を調伏(ぢようぶく)する呪術(じゆじゆつ)のための腕輪や杭にも用いられた。これはアシュバッタが寄生木となって他の木を滅ぼす事実によっているという。
《リグ・ベーダ》の神話では,工作神トバシュトリが世界を造形したとき,この木を足場に用いたとされ,〈世界の(創造の)中心の木〉のモデルになっている。《アタルバ・ベーダ》には,神々の座であった天上のアシュバッタから,最高の呪薬クシュタが生じたと歌われている。医薬(呪薬)の原料としての利用法は仏典にみられ,現在も民間に行われている。
ジャータカや中世の物語集には,現代の民俗にも通ずる樹神の崇拝が多く語られるが,その大半はバニヤンとアシュバッタで占められている。またこうした習俗を背景にした,願ったものをなんでも出してくれる〈如意樹〉の物語も多いが,このモデルもバニヤンとならんでアシュバッタが数多くみられる。現在もアシュバッタに宿る神々の崇拝や,木の枝や葉を用いた呪術は広く行われている。
執筆者:高橋 明
伝承,民俗
シナノキ科の菩提樹は,ヨーロッパでも古代から崇拝の対象になっていた木で,ゲルマン人はこれを神聖な木として女神フリッグに捧げた。中世にはこの木の下で裁判や祝祭,忠誠の誓いや結婚式が行われた。村人の生活と切りはなせない懐しい菩提樹が古来多くの歌にうたわれているのは当然である。とくに中世以来若い男女の愛を結ぶ木とされ,中世の恋愛詩ミンネザングでは菩提樹とその梢で歌うかわいい小鳥は恋愛の欠かせぬ点景となっている。菩提樹が民衆のあいだで愛されたことは,リンダとかリンドバーグ,リンネのような人名や,リンデンタール(〈菩提樹の谷〉の意),ウンター・デン・リンデン(〈菩提樹の下〉の意)などの地名にもうかがえる。菩提樹は雷よけになるといわれ,女の子が生まれると誕生樹として植える地方もある。魔よけになるというので農家の庭に植え,樹皮をお守りにするほか,その灰を畑にまくと魔法で発生した害虫が消えうせるともいう。
執筆者:谷口 幸男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報