改訂新版 世界大百科事典 「ベーダ時代」の意味・わかりやすい解説
ベーダ時代 (ベーダじだい)
インド,ベーダ聖典の成立した時代で,前期,後期の2期に分かれる。
(1)前期(前1500ころ-前1000ころ) 前1500年ころインドに入ったアーリヤ人は,ダーサ,ダスユと呼ばれる黒色,低鼻の先住民を征服しつつ,パンジャーブ地方で牧畜を主とし農業を副とする生活を始めた。彼らは自然を神格化した多数の神々を崇拝し,祭火をたき,賛歌と供物をそれらの神々にささげた。やがて祭式を専門にとり行う司祭者も現れ,彼らの手で賛歌集《リグ・ベーダ》が編まれた(前1100から前1000ころ)。この聖典から知られる時代を前期ベーダ時代と呼ぶ。
この時代のアーリヤ人は部族,氏族を単位として行動し,ラージャンrājanと呼ばれる首長がこれを率いた。首長の権力行使は,サバーsabhā,サミティsamitiと呼ばれる部族集会により制限を受けている。彼らは青銅を知っていたが,鉄の使用はまだ始まっていない。最も重要な財産は牛であり,農作物の中心は大麦であった。馬は戦車を引かせるために用いられた。二輪の戦車の機動力が先住民に対する軍事的優位をもたらしたようである。アーリヤ人の進入当時,インダス文明はすでに衰退していたが,先住民の間にはかなり高度な農耕文化が存在していた。先住民のなかにはアーリヤ人部族と対等な関係をもつ者も多く,両民族の間には,早くから人種的・文化的融合がみられた。
(2)後期(前1000ころ-前700から前600ころ) アーリヤ人の一部は,前1000年ころから東方のガンガー(ガンジス)流域に進出し,やがてこの地で農耕社会を完成させた。鉄の使用も前800年ころからしだいに普及し,また水稲栽培も広くみられるようになった。この時代の前半には《サーマ・ベーダ》などの3ベーダが編まれ,後半には〈ブラーフマナ(祭儀書)〉〈アーラニヤカ(森林書)〉〈ウパニシャッド(奥義書)〉と呼ばれるべーダ聖典が成立している。二大叙事詩《マハーバーラタ》と《ラーマーヤナ》の原初形の成立もこの時代である。後期ベーダ時代は,こうした文献と考古学の調査に基づき研究されている。
この時代は政治的にみると,王権が伸張しガンガー川の上流域に部族王制をとる国家が成立した時代である。また宗教的にみると,祭式の重要性が高まり,祭式を独占した司祭階級バラモンが特権的地位を獲得した時代である。一方,こうしたバラモン教の祭式至上主義を批判する者たちによってウパニシャッド哲学が発達させられた。業・輪廻思想が成立したのもこの時代である。
すでに前期ベーダ時代に,アーリヤ人部族の内部には首長を中心とする有力者,世襲的司祭者,一般部族民という3階層への分化がみられた。後期ベーダ時代になるとこれらの階層は排他性を強め,クシャトリヤ,バラモン,バイシャの3バルナ(種姓)が成立した。また彼らの下には,征服された先住民を主体とする隷属民が,シュードラ・バルナとして位置づけられた。ここにカースト制度の初期の形態であるバルナ制度が誕生した。後期ベーダ時代における以上のような政治,経済,社会,文化の発達を土台として,つぎの仏教成立時代の繁栄がもたらされたのである。
執筆者:山崎 元一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報