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ボリス・ゴドゥノフ Boris Fëdorovich Godunov

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボリス・ゴドゥノフ
Boris Fëdorovich Godunov

[生]1552頃
[没]1605.4.23. モスクワ
ロシアのツァーリ (在位 1598~1605) 。 1330年代よりモスクワ大公に仕えたタタール貴族の家の出身。イワン4世 (雷帝) の信任を得て,皇太子フョードル (のちの1世) に妹イリーナをとつがせ,フョードル即位後次第に勢力を伸ばして,1587年より実権を掌握。帝の死後,ゼムスキー・ソボール (全国会議) によりツァーリに選ばれた (1598) 。中小貴族と都市民の利益を擁護して,その支持を取付け,シベリア,南部地方の植民を促進し,スウェーデンと戦ってリボニア戦争での失地を回復,また内外通商路の開拓による貿易の拡大のほか,モスクワ府主教位の総主教への昇格を実現させるなど (89) ,すぐれた手腕を発揮した。しかし農奴制強化による農民一揆の頻発,フョードルの弟で彼に先立って死んだ (ゴドゥノフが殺害したと噂された) ドミトリーの僭称者 (→にせドミトリー1世 ) が出現するなど苦境のなかで没した。なお,彼を主題としたプーシキンの戯曲と,それをもとにしたムソルグスキーのオペラは有名である。

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百科事典マイペディアの解説

ボリス・ゴドゥノフ

ロシア皇帝(在位1598年―1605年)。名門貴族の出。初め皇帝フョードル1世の義弟として国政の実権を握り,皇太子ドミトリーのなぞの死と皇帝の死後,自ら即位。シベリア植民を進め,農民への束縛を強化した。偽ドミトリー1世軍とポーランド軍の侵攻を受け陣没。その後半生プーシキンにより戯曲化(1831年)され,さらに,ムソルグスキーによって代表的なロシア国民オペラ(1874年)につくり上げられた。

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