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ボン ボン Bonn

翻訳|Bonn

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボン
ボン
Bonn

ドイツ西部,ノルトラインウェストファーレン州南部の都市。ライン川沿岸に位置する。 1949年以降西ドイツの首都であったが,90年東西ドイツの統合に伴い,ベルリンが首都に定められた。北ドイツ低地ケルン湾入部からミッテルゲビルゲ (中位山地) に移る地点にあり,古来,交通・軍事上の要地で,ローマ人が城塞を築いた (50頃) 。

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ボン
ボン
Vonn, Lindsey

[生]1984.10.18. ミネソタ,セントポール
アメリカ合衆国アルペンスキー選手。1999年,11~14歳を対象としたイタリアのトロフェオ・トポリノ競技会の回転で優勝し,国際競技の舞台で頭角を現す。2003年のジュニア世界選手権大会では滑降銀メダルを獲得,翌 2004年の全米選手権大会でも銀メダルに輝いた。

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デジタル大辞泉の解説

ボン(〈フランス〉bon)

多く複合語の形で用い、よい、うまい、などの意を表す。「ボンサンス」「ボンボワイヤージュ」

ボン(Bonn)

ドイツ西部の都市。ライン川中流にある。12世紀から選帝侯ケルン大司教の居住地。ベートーベンの生家がある。1949~1990年は西ドイツの首都。人口、行政区32万(2010)。

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百科事典マイペディアの解説

ボン

ドイツ西部,ノルトライン・ウェストファーレン州の都市。ケルンの南約15km,ライン川に臨む。ボン大学,ポッペルスドルフ宮,ミュンスター教会やベートーベンの生家などがある。

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デジタル大辞泉プラスの解説

ボン

キャラクター事業のサンエックスが製作したキャラクターシリーズ靴下にゃんこ」のメインキャラクター。白い靴下をはいた黒い猫。

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世界大百科事典 第2版の解説

ボン【Bonn】

ドイツ西部,ノルトライン・ウェストファーレン州の都市。人口29万3000(1995)。ライン川が市を縦貫し,市域の4分の3はその左岸が占める。ドイツ分割後に西ドイツの首都となり,1969年旧ボン市はバートゴーデスベルクBad Godesberg市,ボイエルほか8村を合併し,大ボン市となったが,90年10月のドイツ再統一にあたって首都の座をベルリンにゆずった。ドイツ分割の結果によってつくられた政治都市・管理都市であり,産業・商業都市の機能は小さい。

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大辞林 第三版の解説

ボン【Bonn】

ドイツ、ラインラント地方のライン川河畔に位置する都市。旧西ドイツの首都。一三~一八世紀にはケルン大司教の居住地。ベートーベンの生誕地。軽金属・化学・印刷などの工業が行われる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボン
ぼん
Bonn

ドイツ中西部、ノルトライン・ウェストファーレン州の都市。ライン川峡谷北口付近にある。人口30万8900(2002)。1990年のドイツ統一でベルリンがドイツの首都となるまでは、1949年からボンがドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)の首都であった。旧市ボンはライン川左岸の低位段丘上に位置するが、1969年、南方のバート・ゴーデスベルクなど周辺町村を合併してライン川両岸に市域を拡大した。
 旧市には13世紀の司教座教会、当地で生まれたベートーベンの像があるミュンスター広場、1737年建設の市庁舎、その前のマルクト(市場)広場、ベートーベンの生家があり、南接してボン大学(ウィルヘルム・フリードリヒ大学。旧ケルン選帝侯の城館)が続く。ボン駅も旧市に接し、駅前が新しく整備されている。また、ライン河畔には遊歩道、ベートーベン・ホール、市立劇場がある。1949年に首都となってから、連邦議会、政府諸機関、大統領官邸、首相官邸、議員会館などの連邦政府地区が、旧市の南方ライン川左岸沿いに形成された。旧市の南西ポッペルスドルフにはバロック様式の城館があり、植物園や理科系の大学施設が集まる。この城館に至る大通り、ポッペルドルファーアレー沿いには高級住宅が並ぶ。バート・ゴーデスベルクは13世紀の古城を中心とする閑静な住宅地で、DAAD(ドイツ学術交流会)、連邦地誌研究所などの文化関係機関、各国の大使館・領事館などが多い。対岸には著名なジーベンゲビルゲ(七つの山々)が望まれる。[小林 博]

歴史

古代ローマのティベリウス帝が設けた屯営のボンブルクは、民族移動期にフランク人に占領され、9世紀にノルマン人の攻撃を受けた。921年皇帝ハインリヒ1世はここでフランス王シャルル3世と平和を約した。一方、ローマ末期の殉教者の墓地からブルクが生まれ、その外側、屯営との間にできた市場集落が都市の核となり、ぶどう酒の取引や手工業が栄え、ユダヤ人やカオール人も定住した。12世紀以来ケルン大司教が都市領主となり、1244年に市壁を築いて都市法を承認した。ケルン選帝侯領の行政の中心で、中世末の人口は約5000。宗教改革を行ったが、17世紀に旧教に復帰、中立政策で三十年戦争を乗り切る。フランスの援助で要塞(ようさい)城壁を築いたため、反仏勢力に何度も占領された。フランス革命で選帝侯国は解体し、1798年フランス領に、1815年プロイセン領に編入された。1777年創立のボン大学は、アルント、シュレーゲル、ニーブールらの力で解放戦争(1813~14)後の復興の精神的原動力となった。[諸田 實]

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