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マサリク マサリク Masaryk, Jan Garrigue

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マサリク
マサリク
Masaryk, Jan Garrigue

[生]1886.9.14. プラハ
[没]1948.3.10. プラハ
チェコスロバキアの政治家。 T.マサリクの息子。 1907年アメリカに渡ったが,第1次世界大戦の直前にプラハに戻り,大戦中はハンガリー連隊に従軍。 18年チェコスロバキア独立とともに外務省に入り,19年アメリカ駐在代理公使,20年イギリス駐在参事官,21年 E.ベネシュ外相の秘書。

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マサリク
マサリク
Masaryk, Tomáš Garrigue

[生]1850.3.7. モラビアホドニーン
[没]1937.9.14. プラハ近郊ラニ
チェコスロバキアの哲学者,政治家。スロバキア人の御者の子。小学校を出て一時職人の徒弟となったが,教師を望んでブルーノ,ウィーンで学び,1876年ウィーン大学で哲学博士号を獲得。 82年プラハ大学教授。

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デジタル大辞泉の解説

マサリク(Tomáš Garrigue Masaryk)

[1850~1937]チェコスロバキアの政治家・哲学者。チェコ民族独立運動を指導。第一次大戦後、チェコスロバキア共和国初代大統領(在任1918~1935)に就任、建国の父とよばれた。

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百科事典マイペディアの解説

マサリク

チェコの政治家,哲学者。プラハ大学教授。かたわら独立運動に参加,青年チェコ党に属し,のちリアリスト党(チェコ人民党)を結成。第1次大戦とともにフランスに亡命してチェコスロバキア国民会議を設立。
→関連項目チェコスロバキアベネシュ

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世界大百科事典 第2版の解説

マサリク【Tomáš Garrigue Masaryk】

1850‐1937
チェコスロバキアの哲学者,政治家。モラビアの農村の生れ。徒弟奉公などを経験したが,苦学の末ウィーン大学を卒業し,1879年には大学教授資格を取得し,82年にプラハのカレル大学(現,プラハ大学)に新設されたチェコ人部門の哲学教授となった。学者としては論理学,歴史哲学ロシア思想など,広い分野で著作を発表し,当時は新しい学問であった社会学を初めてチェコに導入したことでも功績があった。また当時の社会問題にも関心を示し,しだいにチェコ人の民族運動にも加わるにいたり,オーストリア帝国議会にも議席を得たが,キリスト教ヒューマニズムに基づく民族主義を唱え,排他的民族主義を批判した。

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大辞林 第三版の解説

マサリク【Tomáš Masaryk】

1850~1937) チェコスロバキアの政治家・哲学者。プラハ大学教授。独立運動を指導、1918年共和国初代大統領となる。小協商結成・国内民主化・少数民族保護などに尽くした。

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世界大百科事典内のマサリクの言及

【スロバキア】より

…しかし67年オーストリア・ハンガリー二重帝国の成立によってハンガリーに大幅な国家主権が付与されると,ハンガリー化政策はふたたび強化され,スロバキア語ギムナジウムとマチツァ・スロベンスカーは74-75年に閉鎖された。その後もスロバキア民族運動はマルティンを拠点として維持されていたが,世紀末ころにチェコ人哲学者T.G.マサリクの思想に啓発されたグループ(フラスHlas派)が形成され,チェコ人との文化的連帯運動を促進した。1905年にはカトリック神父フリンカに率いられたスロバキア人民党運動も形成された(スロバキア人民党Slovenská l'udová stranaとしての正式創設は1918年)。…

【チェコスロバキア】より

…また,この時期のスロバキアについては,〈スロバキア〉の項目に詳しい。
[戦間期の第一共和国]
 1918年10月,T.G.マサリクによる〈ワシントン宣言〉に続いて,プラハの国民委員会がチェコスロバキア国家の成立を宣言した。スロバキアでも〈マルティン宣言〉が出され,〈チェコスロバキア民族〉の国家が形成されることになった。…

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