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マゼラン海峡 マゼランかいきょうStrait of Magellan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マゼラン海峡
マゼランかいきょう
Strait of Magellan

スペイン語ではマガヤネス海峡 Estrecho de Magallanes。南アメリカ南端部にある海峡。大陸部とフエゴ島を分ける細長い水路で,太平洋大西洋を結ぶ。東の入口の北岸がアルゼンチン領であるほかは,水路,沿岸ともすべてチリに属する。全長約 550km,幅3~30km。水路は浅いV字形に大きく屈曲,東半は北東へ延びビルヘネス岬を経て大西洋へ,西半は北西へ延びデセアド岬を経て太平洋へ続く。 1520年ここを初めて航行したポルトガル人航海者 F.マゼランにちなんで命名された。両大洋を結ぶこの海峡の発見により,マゼランの率いる探検隊は最初の世界周航を達成。フィヨルドが発達し多島海が形成されている西部では水路が複雑で,また気候が寒冷で霧が多いため,航行には危険が伴うが,パナマ運河開通 (1914) までは世界貿易にとって重要な航路であった。沿岸主要港は中部大陸側のプンタアレナス

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デジタル大辞泉の解説

マゼラン‐かいきょう〔‐カイケフ〕【マゼラン海峡】

南アメリカ大陸南端とフエゴ島との間の海峡。最狭部の幅3キロ。1520年にマゼランが通過。フィヨルド状をなし、風も強く、航行の難所。マガリャネス海峡。

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百科事典マイペディアの解説

マゼラン海峡【マゼランかいきょう】

南米大陸南端とフエゴ島,サンタ・イネス島などの間の海峡。全長約600km。1520年マゼランが発見。パナマ運河開通以前は太平洋・大西洋連絡の要路であった。風浪荒く,航海の難所。
→関連項目フエゴ[島]

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世界大百科事典 第2版の解説

マゼランかいきょう【マゼラン海峡 Strait of Magellan】

スペイン語ではエストレチョ・デ・マガヤーネスEstrecho de Magallanes。南アメリカ大陸とティエラ・デル・フエゴ島との間にあり,太平洋と大西洋とを結ぶ。全長は約600km。大西洋側の入口の部分がアルゼンチン領であるほかは,すべてチリ領。海峡の主要都市としては大陸側にプンタ・アレナス港,ティエラ・デル・フエゴ側にポルベニル港がある。大西洋側入口からほぼ中間地点のフロワード岬までは海峡は幅も広く両側も平たんであるが,この地点から太平洋にぬける部分は狭いフィヨルド状の水路となり,島も多く,両岸には雪山が連なる。

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大辞林 第三版の解説

マゼランかいきょう【マゼラン海峡】

南アメリカ大陸の南端とフエゴ島との間にある海峡。最狭部3キロメートル。太平洋と大西洋とを結ぶ。1520年ヨーロッパ人として最初にマゼランが発見し通過した。強風と複雑な水路のため航行が困難。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マゼラン海峡
まぜらんかいきょう
Strait of Magellan

南アメリカ南端部の本土とフエゴ島とを分ける長さ583キロメートルの狭い海峡。スペイン語ではマガリャネス海峡Estrecho de Magallanesという。沿岸一帯は一部のアルゼンチン領を除き大部分がチリに属す。1520年マジェラン(マゼラン)によって発見されて以来、大西洋と太平洋を結ぶ航路として利用されてきたが、パナマ運河の開通によって重要性を失った。海峡の東半は幅がやや広く、両岸には緩く波打った平原が続くが、西半は両岸に切り立った山地が迫るフィヨルド状の狭い水路をなす。東部では最大13.5メートルに及ぶ潮差とそれによる速い潮流、西の出口付近では強い偏西風による恒常的な暴浪にみまわれるなど、航行には多くの困難が伴う。東部沿岸の平原はヒツジの放牧を行う大規模牧場(エスタンシア)地帯であるとともに、チリでもっとも重要な油田地帯でもある。海峡のほぼ中ほどに、これらの産物の積出し港としてにぎわうプンタ・アレナスがある。[松本栄次]

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世界大百科事典内のマゼラン海峡の言及

【サルミエント・デ・ガンボア】より

…ペルー副王フランシスコ・デ・トレドの要請を受け,スペイン人のペルー征服を正当化する目的で《インカ史Historia de los Incas》を著した。79年イギリスの海賊F.ドレークの進路を断つべくマゼラン海峡へ赴いた。同海峡の植民地化を主張するサルミエントは,80年に本国に戻り,艦隊を率いて84年に海峡に到着して2都市を建設したが,結局挫折。…

※「マゼラン海峡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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