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マッカーシズム マッカーシズム McCarthyism

翻訳|McCarthyism

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マッカーシズム
マッカーシズム
McCarthyism

第2次世界大戦後の 1940年代後半から 50年代前半にかけてアメリカ国内を一種のヒステリー状態におとしいれた「赤狩り」。連邦上院議員 J.マッカーシーの名にちなんでこの名称で呼ばれる。 1950年2月マッカーシー上院議員が政府部内に多数の「共産分子」がいると発言,その追放を要求したことに端を発し,戦後の社会不安や共産中国の出現といった事情を背景に急速にアメリカ全土を巻込んだ。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

マッカーシズム(McCarthyism)

米国共和党上院議員J=R=マッカーシーを中心に米国内で行われた反共運動。1950年から共産主義者に対する過激かつ狂信的な攻撃・追放が行われたが、1954年マッカーシーが上院の査問決議で失脚するとともに衰退。

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大辞林 第三版の解説

マッカーシズム【MaCarthyism】

1950年から54年にかけ、アメリカでマッカーシーが中心になって行なった反共活動。共産主義の脅威を誇張し、「赤狩り」により多くの著名人・団体を抑圧した。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マッカーシズム
まっかーしずむ
McCarthyism

アメリカ合衆国のウィスコンシン州選出上院議員ジョゼフ・R・マッカーシーの活動に代表される反共ヒステリー現象をいう。マッカーシズム出現の直接的契機となったのは、1949年の中国革命の成功によって、アメリカの伝統的市場であった中国市場が失われたことにあった。また同年にはソ連が原爆実験に成功して、アメリカ国民に大きな衝撃を与えた。マッカーシーは、第二次世界大戦後の国際情勢がアメリカの期待どおりにならなかったのは、国内や政府のなかに国益を裏切った共産主義者がいるためだと主張して、「赤狩り」に乗り出した。50年2月に行われた「国務省のなかに205人の共産党員がいる」という演説は、その発端として有名である。マッカーシーの赤狩り攻撃はなんら根拠のないデマゴギーであったが、第二次大戦後の冷たい戦争の進行という状況のなかでアメリカ国民を不安と混乱に陥れ、まもなく始まった朝鮮戦争によって勢いを増していった。
 マッカーシズム台頭の背景として、トルーマン政府による世論の反共的動員などがあったことも指摘できる。トルーマン政府は、1947年3月トルーマン・ドクトリンの発表と相前後して、連邦政府職員の忠誠審査令を出して思想統制を強化し、48年の大統領選挙に進歩党から出馬した対ソ協力派のヘンリー・ウォーレス元副大統領を容共的であると非難、攻撃するなど、国内反共体制の整備を推し進めていたのである。また議会においても、下院非米活動委員会を中心に、共産主義活動の調査が大々的に展開され、対ソ協力派や一部のニューディーラーに対する攻撃が続けられていた。マッカーシーは上院査問委員会の委員長を務め、とくに国務省内の中国通、中国専門家などに攻撃の矛先を向けた。そして、アジア問題の権威オーエン・ラティモア教授や国際法のジュサップ教授らも槍玉にあげられ、トルーマン大統領やアチソン国務長官も共産主義に対し弱腰であると非難されるありさまであった。
 マッカーシーは、国内の共産主義活動の脅威を誇大に強調して国民の支持を集めたが、マッカーシズムの犠牲になった人々の多くは非共産主義者であった。共産主義の脅威の名のもとに、多くの自由主義者が公職を追放され、市民的自由の抑圧も進行したのである。こうしたなかで、有力な政治家や知識人の間では、保身のために強硬な反共路線を打ち出す傾向が強まった。こうして、1930年代のニューディールのリベラルな風潮は、すでに40年代後半の冷戦政治の文脈のなかで保守化しつつあったが、マッカーシズムの嵐のなかで窒息させられていったのである。また、アメリカの外交政策もマッカーシズムの影響のもとで、いっそう硬直的な反共路線を進むことになる。マッカーシーは54年、赤狩り攻撃の行きすぎの不当性を指摘され、上院の査問決議で失脚したが、マッカーシズムはアメリカ社会に深刻な衝撃を与え、内政、外交に大きな悪影響を及ぼしたといえよう。[佐藤信一]
『D・ベル編、斎藤真・泉昌一訳『保守と反動――現代アメリカの右翼』(1958・みすず書房) ▽R・H・ロービア著、宮地健次郎訳『マッカーシズム』(岩波文庫)』

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