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マルコス マルコス Marcos, Ferdinand Edralin

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マルコス
マルコス
Marcos, Ferdinand Edralin

[生]1917.9.11. バタック
[没]1989.9.28. ホノルル
フィリピンの政治家。フィリピン大学を卒業して弁護士になり,第2次世界大戦中はアメリカ軍の情報将校としてルソン島の反日ゲリラに参加。 1946年独立フィリピン初代大統領マヌエル・ロハスの特別補佐官,1949年下院議員。

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マルコス
マルコス
Marcos, Imelda

[生]1931.7. レイテタクロバン
フィリピンの政治家,F.マルコス元大統領夫人。ビサヤ地方きっての名門ロムアルデス家の出身で,父が法学部長をしていたセントポール大学教育学部卒業。 1953年マニラ開かれた第1回国際博覧会の女王に選出され,奨学金を獲得,フィリピン女子大学音楽学部で声楽を学んだ。

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百科事典マイペディアの解説

マルコス

フィリピンの政治家。北イロコス州出身。国立フィリピン大学を首席で卒業。1965年の大統領選にリベラル党からナショナリスタ党に移籍して立候補,当選。1966年1月大統領就任,1969年再選。
→関連項目タルクフィリピンマラカニアン宮殿モロ民族解放戦線ラモス

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世界大百科事典 第2版の解説

マルコス【Ferdinand Edralin Marcos】

1917‐89
フィリピンの政治家。ルソン島北部,北イロコス州サラットの生れ。父親は同州選出の下院議員。1939年3月にフィリピン大学法学部を卒業。在学中から雄弁をもって知られ,また39年,弁護士資格試験に最高点で合格したことは有名である。太平洋戦争の開始とともに,バターン戦に将校として参加し,捕虜として〈死の行進〉を経験した。戦後はロハス大統領の経済担当補佐官として政界に進出,49年にリベラル党下院議員に当選し,以後3選ののち59年には上院議員に当選した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マルコス
まるこす
Ferdinand E. Marcos
(1917―1989)

フィリピンの政治家。ルソン島北部のイロコス・ノルテ(北イロコス)州生まれ。1939年フィリピン大学法学部卒業、弁護士試験に首席合格。1949年リベラル党から下院議員に当選。1959年上院議員を経て1963年上院議長。1964年リベラル党のマカパガル大統領との対立からナショナリスタ党に移籍、翌1965年大統領に当選。経済四か年計画の着手や対米自立化推進などの成果を背景に、1969年第二次世界大戦後初の再選大統領となる。1972年9月21日新人民軍の活動激化を理由に戒厳令を布告、上院議員ベニグノ・アキノら政敵多数を逮捕(ベニグノ・アキノは1980年釈放、渡米)。「新社会」建設を唱えたが、1975年夫人イメルダを首都圏知事に任命するなど権力の私物化も進行した。1981年1月戒厳令解除。同年6月大統領3選。1983年8月マニラ空港(現ニノイ・アキノ空港)でのアキノ暗殺事件との関連が疑われ、南部イスラム反乱激化や経済悪化にも直面、民主化を求めるアメリカとの関係も悪化した。1986年2月繰り上げ大統領選を実施、不正に勝利を演出したが、エンリレ国防相ら軍部の反抗に大衆が呼応し、2月25日ハワイに亡命。その結果、ベニグノ・アキノ元上院議員未亡人コラソン・アキノの大統領就任に道を開いた。[黒柳米司]

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世界大百科事典内のマルコスの言及

【フィリピン】より

…おりから地下では,フィリピン共産党が再建され(1968年12月),軍事組織である新人民軍も結成された(1969年3月)。こうした高揚する反体制運動と,インフレ,失業問題など山積する経済不安の中で,72年9月,マルコス大統領によって戒厳令が施行され,フィリピン現代史は新しい局面を迎えた。【池端 雪浦】
【政治】
 1946年の独立以来フィリピンは,1935年憲法にもとづくアメリカ型議会民主制をとり,ナショナリスタ党,リベラル党の二大政党がほとんど交互に政権を交替していた。…

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