近代プロバンス語の大詩人。ルーマニーユやオーバネルらと1854年南仏における文学復興運動〈フェリブリージュ〉を結成した。この運動は久しく俚語と化していた南仏語を刷新して,中世期に栄えた南仏文学を復興し,あわせて南仏の民族意識の顕揚を目標とした。ミストラルの生涯は〈フェリブリージュ〉精神の発揚に沿って展開して行ったと見られる。55年機関誌《プロバンス年鑑》を刊行して,活発な運動を始めた。ちなみに上田敏の訳詩集《海潮音》にある,オーバネル作と銘打たれた名訳〈小鳥でさへも巣は恋し……〉は,上記の《年鑑》の冒頭に掲げられたミストラルの長詩の一部とみられる。ミストラルは59年悲恋の大叙事詩《ミレイユ》を公にした。南仏の美しい自然を背景に多くの伝説を盛り込んだ,この牧歌的な詩は,ラマルティーヌの絶賛を博し,グノーによってオペラとして紹介され,一躍ミストラルの名声を高からしめた。その後ミストラルは南仏の民族意識の顕揚を意図した叙事詩《カランダル》(1867),抒情詩《ローヌ川詩編》(1897)など多くの大作を刊行した。ミストラルの名を不朽なものにした作品には,《ミレイユ》のほかに,文学的香りの高い青年時代の回想録《思い出の記》(1906)と,30有余年を費やして完成した言語・風俗大辞典《フェリブリージュ宝典》(1878-86)などがある。1904年にはノーベル文学賞が贈られた。
執筆者:杉 冨士雄
チリの女流詩人,外交官。ラテン・アメリカで最初にノーベル文学賞(1945)を受賞した。本名はルシラ・ゴドイ・アルカヤガ。若いときから教職に携わり,1922年に処女詩集《悲嘆》を発表したが,この作品は彼女の最高傑作にあげられている。恋人の自殺によって精神的打撃を受けた傷心の詩であり,愛と悲しみがテーマになっている。だが第2の作品《破壊》(1938)では精神的苦悩が宗教による魂の救済へと昇華され,第3のそして最後の詩集《ぶどう桶》(1954)の中では自然と人間に対する普遍的な愛がうたわれ,成熟した女流詩人としてのやさしい心情が吐露されている。外交官としては,33年から没年まで,ヨーロッパや南アメリカ各地の領事を務めた。
執筆者:神代 修
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…この場合,滑降の途中で断熱昇温しても,もともと寒冷な空気なのでさほど気温も上がらず冷たい風である。 ミストラルmistralフランスのローヌ川峡谷を通り,地中海の北西沿岸,とくにリオン湾に吹き降ろしてくる北寄りの強風。冬から春に多く,冷たくて乾燥した風で,性質はアドリア海のボラに似ているが,ボラよりはいくぶん穏やかである。…
…一般に冬の地中海の気候は,地域的に多様であり,また年による変化が大きい。地中海に流出する冷たい空気は,地形的影響もあって,ミストラル,ボラなどの局地風となる。またイタリアのアドリア海沿岸部は,ボラによって,かなりの積雪がもたらされることになる。…
…冬は一般に温暖であるが,西からやってくる低気圧が地中海上で発達すると,内陸の高気圧からローヌ河谷に向かって寒い北風が吹き込む。これが,ゴッホの絵にみられるように防風林をも風下に傾ける強い地方風のミストラルmistralである。 第2は冬季,内陸の高気圧に支配される大陸性気候(冷帯湿潤気候)で,冬は寒く乾燥して晴天が多い。…
…地中海式気候の冬雨地帯で,年降雨量は約600mmにすぎないが,ときに集中的な豪雨によって,河川の氾濫を招く。また,冬季にミストラルとよぶ北方からの冷たい強風が吹き,低温や降雪がみられ,風景が一変することがある。地中海的植生におおわれ,ことに,イトスギ,マツ(アレッポマツ),コルクガシなどの樹木,オリーブほかの果樹,ミモザ,ラベンダー,アカネなどの野草,栽培植物が,プロバンス独特の景観を生み出している。…
…同じ年齢の生徒が小学校4年まで進学する比率は,1980年の男子78%,女子81%から90年には男女とも95%に上昇している。 芸術・文化活動も盛んで,詩人のガブリエラ・ミストラルとパブロ・ネルーダが1945年と71年にそれぞれノーベル文学賞を受賞している。《夜のみだらな鳥》で知られるシュルレアリスムの小説家ドノソJosé Donoso(1924‐96),ピアノ奏者のアラウClaudio Arrau(1903‐91)も,世界にその名を知られている。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」