出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
甘味のある粘稠(ねんちゅう)性の強い液体の総称。一般には蜂(はち)が花蜜からつくりだす蜂蜜や、砂糖を煮溶かしたシロップをいう。シロップは砂糖蜜、あるいは単に糖蜜ともよばれる。なお、糖蜜という語は通常では、砂糖を精製するときに残液として得られる不純物のことで、モラセス、廃糖蜜ともよび、一部はシロップとしても利用される。また、ブドウ糖に異性化酵素を作用させ、ブドウ糖の一部を果糖化して濃縮した異性化糖液のシロップもある。このほか、カエデ(メープル)の樹液を濃縮してつくったメープルシロップや、さらに、砂糖液にアラビアガムを加えたガムシロップ、香りをつけたフルーツシロップ、コーヒーシロップなど各種のシロップがある。
蜜はホットケーキにかけたり、アイスティーやアイスコーヒーなどの冷たい飲料の甘味料としてよく用いられる。料理ではシロップ煮を蜜煮ともよび、キンカンの蜜煮、クリの蜜煮などがある。シロップ漬けも蜜漬けとよぶことがある。
[河野友美・大滝 緑]
「蜜」に訓がないことからわかるとおり、近代養蜂(ようほう)の生産量が増えて蜂蜜(はちみつ)が食料品化するまでの日本では、蜂蜜は身近な存在ではなかった。「蜜」は「蜜柑(みかん)」のように単に強い甘味を意味したにすぎず、砂糖からつくる糖蜜と混同したのも当然だった。蜂蜜のおもな用途は、甘味料よりも、漢方の他の薬品と混ぜる緩和・強壮剤であり、また、ろうそく、整髪剤などの原料にした蜜蝋(みつろう)が蜂蜜採集の主目的だった。
雑食性食肉目とともに、霊長目にも蜂蜜を食べる動物がいるから、非常に早い時点から人間が蜂蜜を採集してきたことを想像するのは困難ではない。採集狩猟物が獲得食糧の数割を占める原始農耕文化に至るまでは、偶然に発見する蜂蜜を自給的に利用する程度にとどまることが多かった。蜂蜜採集を重要視する民族誌上の文化は、経済活動の民族的分化のみられる地域に多く、周囲の大人口農耕・牧畜民との交易物資の一つに蜂蜜を用いる、特殊化した小人口の採集狩猟民の文化であることが多い。中央部、東部および南東部アフリカには、簡単な巣箱をかけて野生蜂を集めて採集する蜂蜜と、蜂蜜からつくる蜜酒を重要視する文化がみられ、とくに蜂蜜を婚資に使うマサイ人に蜂蜜を供給するケニアのオキーク(ドロボ)人では、鳥が巣をみつける習性を利用して採集した大量の蜂蜜を交易用とするとともに、自給する蜜酒を祖霊交信儀礼の幻覚剤に用いる蜂蜜の文化がみられる。
もっとも早く都市の成立した西アジアでも、古代から蜂蜜を重要視し、蜜酒原料、甘味料、滋養剤、交易品、ときには遺体保存剤として用いた。養蜂を始めたこの地域を中心として、東ヨーロッパから南アジアに至る広大な地域には古代から蜂蜜に特別な位置を与える文化伝統が続き、現在でもとくに婚礼時の蜂蜜の使用に呪術(じゅじゅつ)的意味を考える民族が少なくない。ユダヤ教、キリスト教の伝統では、神のことば、神意にかなった人物の形容に他の甘味料(とくにブドウの糖分)を含む蜜相当語を用い、あるいは約束の地の形容に蜜と牛乳を組み合わせるが、巨視的には前記のユーラシアの文化伝統の一部を形成するとみるべきである。中国でも蜜酒および飲料の原料、漢方医薬などの利用方法は知られているが、仏教説話で蜜を一時的快楽の比喩(ひゆ)に用いて、真の悟りを妨げるものとしたことにみられるとおり、蜂蜜を神聖視する文化伝統は存在しない。日本の蜂蜜の文化もこの東アジアの伝統の延長である。第二次世界大戦後の日本では砂糖の取引が統制されたので、統制外の自給甘味料だった蜂蜜の需要が一時的に拡大した。
[佐々木明]
『原淳著『ハチミツの話』(1988・六興出版)』▽『渡辺孝著『ハチミツの百科』新装版(2003・真珠書院)』▽『清水美智子著『はちみつ物語――食文化と料理法』(2003・真珠書院)』
植物のみつ腺から分泌される糖を含む溶液をいい,英語ネクターはギリシア神話における神々の飲みものネクタルnektarに由来する。みつ腺nectaryは分泌組織の一つで,花に関係している花内みつ腺と花に関係のない部分にできる花外みつ腺とに分けられる。花内みつ腺は植物によって花の中のさまざまな場所につくられるし,花外みつ腺も葉柄,托葉,葉の鋸歯など植物によってさまざまな場所につくられる。いずれもみつを好む昆虫,鳥を呼び,植物はその昆虫などの行動によって受粉を助けられるなどの利益を得ることが多い。
執筆者:原 襄
単にみつというと,現在では砂糖みつをさすことが多い。しかし本来ははちみつをあらわす字で,音はミチであり,ミツは日本での慣用音である。日本でも古くは《和名抄》は〈みち〉と読み,ハチが百花からとり醸してつくるものとしている。おもに薬用とされ,紀州熊野の産が良質とされた。《和漢三才図会》(1712)は,砂糖みつは砂糖に水あめを加えてつくるもので,最近はこれをみつだといつわって用いているが,ほんもののみつは色が黄白なのに,にせもののみつは色が黒く,乾きやすいといっている。また《日本山海名産図会》は大木のうろに蓄えられていたものを木みつ,あるいは山みつ,岩石の間にあるものを石みつと呼ぶ,などとしている。みつは人類が最初に知った甘味食品で,その重要性は多くの民族の伝承の中に色こく投影されている。
執筆者:鈴木 晋一
旧約聖書は,地中海東部のカナンの土地を〈乳とみつの流れる地〉(《出エジプト記》3:8,3:17)として形容し,しばしば神の約束の土地の代名詞,あるいは天国の比喩としても使用された。乳もみつも,もともと豊饒のシンボルであり,古代イスラエル民族が,カナン定住以前に営んでいたであろう遊牧文化の記憶と結合していたことは想像に難くない。聖書には,古代イスラエル民族が養蜂に関する知識をもっていたという記録はみあたらないから,みつがもっぱら野生のはちみつをさすことは確実である。ハチは岩の裂け目(《申命記》32:13)や樹幹の空洞(《サムエル記》上14:26),時には動物の死骸(《士師記》14:8)などに巣を作っていた。彼らは野生ハチの巣を探しあててみつを採取し,他の食物に添えて食べたり,しばしば砂糖の代りに種々の菓子を作るのに使用した。みつがイスラエル文学において豊饒のシンボルとして用いられたのは,その甘味さが荒地をうるおす水のように魂の渇きをいやし,心をうるおすとみなされたからであろう。
→乳 →蜂蜜
執筆者:山形 孝夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…五代・宋代以後には,仏教や道教などと習合した秘密宗教として,江南や四川で行われ,しばしば官憲による邪教取締りの対象とされた。日本の《御堂関白記》をはじめとする日記の具注暦に日曜日を〈蜜〉と記すのは,摩尼教の信徒が日曜日を休日として断食日とした暦法が東漸して日本にまで伝わったことの明証である。なお,20世紀初頭以来の中央アジア探検によって,トゥルファン(吐魯番)などから多数の摩尼教関係の文献や壁画が発見された。…
※「蜜」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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