改訂新版 世界大百科事典 「ミョウバン」の意味・わかりやすい解説
ミョウバン(明礬) (みょうばん)
alum
MⅠMⅢ(SO4)2・12H2OまたはMⅠ2MⅢ2(SO4)4・24H2Oの一般式で表される複塩の総称。MⅠは1価の陽イオン,MⅢは3価の陽イオンを表す。本来はMⅠ=K,MⅢ=Alの場合,すなわちKAl(SO4)・12H2Oをミョウバンと呼んでいたが,上記の化学式で表される化合物はいずれも正八面体の結晶をつくりやすく,同じ立方晶系に属し,単位格子の大きさもほとんど変わらないことなどから,これらの総称として呼ばれるようになった。英名のalumはラテン語のalumenに由来し,これは〈苦い塩〉という意味で,硫酸アルミニウムを含み,甘ずっぱい渋み(収れん性の味)を示す物質を漠然と指していたようである。これらは紀元前すでにその存在が知られており,たとえばギリシアの歴史家ヘロドトスが記載している。古くから媒染剤や皮なめしなどに盛んに用いられていた。また古代都市デルフォイの神殿焼失(前6世紀ころ)の後に,建築の際に木材をミョウバン液に浸して不燃化することが試みられたという記録もある。しかしこの名称は,よく似た性質を示す緑バンなどのバン類(硫酸塩)とはっきり区別して用いたものではないようである。今日でも紙のサイズ剤のpapermaker's alumと呼ばれる物質は硫酸アルミニウムそのものである。また和紙のにじみ止めに用いられる礬水(どうさ)(陶砂)という物質はミョウバンをにかわで溶いたものである。なお〈明礬〉は〈透明な礬類〉の意である。
種類
前述のように単にミョウバンというときは,MⅠ=K,MⅢ=Alのアルミニウムカリウムミョウバンを指すが,MⅢ=Alのときはアルミニウムを省略してカリウムミョウバン(あるいはカリミョウバン)のように呼ぶことが多い。MⅠ=NH4のときがアンモニウムミョウバン(古くはアンモニアミョウバンといった)などである。これに対しMⅠ=Kで,MⅢのAlをCr,Feなどで置き換えたものはクロムミョウバン,鉄ミョウバンのように呼ぶ。さらにMⅠのKを他の陽イオンで置き換えたもの,たとえばMⅠ=NH4,MⅢ=Feの場合はアンモニウム鉄ミョウバンのようにいう。これまで知られているミョウバンのうちおもなものを表に示す。このほかにMⅠとしてAgや,NH3OH⁺(ヒドロキシルアンモニウムイオン),NH3NH2⁺(ヒドラジニウムイオン),CH3NH3⁺(メチルアンモニウムイオン)といった各種アンモニウムイオンのものが知られている。
MⅠMⅢ(SO4)4・12H2Oは,一般にMⅠSO4とMⅢ(SO4)3の水溶液を1:1のモル比で混合し,その溶液を濃縮して得られる。結晶は立方晶系で,正八面体あるいは立方体の結晶をつくるが,普通は正八面体である。熱水から結晶させると1稜が数十cmの大結晶が得られる。
構造
結晶構造を代表的なMⅢ=Al(イオン半径0.68Å)のアルミニウムミョウバンについて述べる。MⅠ=K(イオン半径1.52Å)は最も一般的なアルミニウムカリウムミョウバンであるが,[K(H2O)6]⁺(K-OH2=2.94Å),[Al(H2O)6]3⁺(Al-OH2=1.98Å),SO42⁻が構成単位であって,図に示すように八面体形の[K(H2O)6]⁺と[Al(H2O)6]3⁺とが一つおきに並んで三次元的につながり,それらのつくる立方体の中に四面体のSO42⁻が入り込んだものである。これがミョウバンの構造の標準的なもので,αミョウバンと呼んでいる。MⅠのイオン半径の大きい金属,たとえばCs⁺(イオン半径1.84Å)では,その大きなイオン半径のためにCs-OH2=3.41ÅとH2Oとの距離が広がり,Al(H2O)6の八面体の向きやSO42⁻の位置も変化する結果,SO42⁻に属する6個のOがCs⁺と3.44Åの距離となって,ほぼAl⁺-OH2と等しくなり,6個のH2Oだけの配位では安定せず,SO42⁻のOにも配位して,Cs⁺は6H2Oと6Oによる12個のOに囲まれた形となる。これをβミョウバンという。一方,MⅠのイオン半径の小さいもの,たとえばNa⁺(イオン半径1.16Å)では,Al-OH2=2.45Åと小さくなるため,H2OとSO42⁻のOの距離が広がるのでSO42⁻の四面体がその向きを逆転してこれを補うなどの構造変化が生じて,単位格子の大きさがαミョウバンよりやや大きくなる。これをγミョウバンと呼ぶ。MⅢ=Alの場合には,MⅠ=K,NH4,Rb,Tlがαミョウバン,MⅠ=Cs,CH3NH3がβミョウバン,MⅠ=Naがγミョウバンとなる。MⅢ=Gaでは,MⅠ=K,NH4,Pbがα,MⅠ=Cs,Tlがβとなる。MⅢ=Crでは,MⅠ=Na,K,NH4がα,MⅠ=Rb,Cs,Tlがβとなることが確認されている。
その他のミョウバン
上記のミョウバン以外にMⅠ2[AB4]・MⅢ2(CD4)3・24H2Oのようなミョウバン型複塩も存在し,同じような結晶をつくることが知られている。K2[BeF4]・Al2(SO4)3・24H2O,K2[ZnCl4]・Al2(SO4)3・24H2O,(NH4)(PO4)・Al2(SO4)3・24H2Oなどがその例である。また,ミョウバンの2個のMⅠの代りに1個のMⅡの入ったMⅡSO4・MⅢ(SO4)3・24H2Oのような形式の複塩は,形式的にはミョウバンと同じであるがミョウバンとは結晶形その他に違いがあるので,擬ミョウバンpseudoalum(プソイドアラム)と呼ばれている。MⅡ=Mg,Mn,Fe,Cu,Znなどの化合物が知られている。
硫酸イオンと同じ形のセレン酸イオンSeO42⁻の複塩で,ミョウバンと同形の結晶をつくるものがあり,これらはセレンミョウバンと呼ばれる。セシウムガリウムセレンミョウバンCsGa(SeO4)2・12H2Oなどがその例である。いずれも同形の結晶で互いに混晶をつくる。同様にテルル酸イオンTeO42⁻によるテルルミョウバンもある。
各種のミョウバン
(1)アルミニウムミョウバン (a)カリウムミョウバンKAl(SO4)4・12H2O 狭義のミョウバン。無色正八面体の結晶で,αミョウバン。比重1.757,モース硬度2。甘みと収れん性を示す。熱すると92℃で結晶水に溶ける。硫酸カリウムと硫酸アルミニウムの等モル混合水溶液から結晶させると得られる。水100gに対する溶解度2.96g(0℃),6.01g(20℃),20.0g(50℃),154g(100℃)。水溶液は硫酸アルミニウムが加水分解して酸性を示す。グリセリンに易溶,エチルアルコールに不溶。200℃程度に熱すると無水和物となる。無水和物KAl(SO4)2は焼ミョウバン(俗に枯礬)という。比重1.97,水によく溶け,ミョウバンより収れん性が強い。ミョウバンによく似た鉱物で,自然ミョウバンとも呼ばれるカリナイトkaliniteは,形態が繊維状で光学的に二軸性があることからミョウバンとは違うものとされ,KAl(SO4)2・11H2Oの組成をもつものと考えられている。火山の昇華物として産することが多いが,黄鉄鉱の酸化で生じた硫酸のため,長石類が変成して生成することもある。またミョウバン石と呼ばれるものはKAl(SO4)2・2Al(OH)3のような組成の塩基性塩であって,ミョウバンではない。カリナイトやミョウバン石は硫酸酸性溶液から結晶させるとミョウバンが得られる。(b)ナトリウムミョウバンNaAl(SO4)2・12H2O 無色の結晶で,正方晶系と単斜晶系のものがある。γミョウバン。比重1.73。モース硬度3。熱すると63℃で結晶水に溶ける。水100gに対する溶解度110g(15℃),146.3g(30℃)。ナトリウムミョウバンの組成に似た鉱物メンドザ石mendoziteはNaAl(SO4)2・11H2Oであって,無色繊維状の結晶。(c)アンモニウムミョウバン(NH4)Al(SO4)2・12H2O 無色八面体結晶で,カリウムミョウバンに類似している。αミョウバン。比重1.642。水100gに対する溶解度2.62g(0℃),6.57g(20℃),15.90g(50℃),70.83g(100℃)。
(2)ガリウムミョウバンおよびインジウムミョウバン 周期表中アルミニウムと同族のガリウムとインジウムは,アルミニウムほど多くはないがいくつかのミョウバンをつくる。しかし同族のタリウムはつくらず,複塩としてはMⅠTlⅢ(SO4)2・4H2Oの型の結晶をつくる。いずれも無色の結晶である。
(3)チタンミョウバン チタン(Ⅲ)のミョウバンであり,いずれも(Ti(H2O)6)3⁺を含む赤紫色結晶。水溶液は加水分解しやすいので,かなりの硫酸酸性からでないと結晶が得られない。ナトリウムではNaTi(SO4)2・2.5H2Oのようなものしか得られず,ミョウバンにはならない。
(4)バナジウムミョウバン バナジウム(Ⅲ)のミョウバンであり,いずれも(V(H2O)6)3⁺の紫色を呈する結晶。かなり強い硫酸酸性からでないと結晶が得られない。濃い水溶液は緑色。べつに緑色の6水和物MⅠV(SO4)2・6H2Oがあるが,構造がまったく異なるスルファト錯体である。
(5)クロムミョウバン Cr3⁺のイオン半径は0.65ÅでAl3⁺に近く,きわめてよく似た結晶をつくる。(Cr(H2O)6)3⁺の紫色を呈する結晶をつくる。アルミニウムミョウバン,鉄ミョウバンとともに最もよく知られ,工業的にも重要である。(a)カリウムクロムミョウバンKCr(SO4)2・12H2O 紫色八面体晶。透過光でルビー赤色。比重1.826。二クロム酸カリウムK2Cr2O7を硫酸酸性で酸化剤として用いるときに多く得られる。硫酸酸性で二クロム酸カリウムをアルコールまたは二酸化硫黄で還元しても得られる。ゆっくりと熱すると6水和物(紫色),3水和物,1水和物(緑色)となり,300℃で無水和物となる。水100gに対する溶解度24.39g(25℃),89℃で結晶水に溶ける。水溶液は冷時紫色であるが,50~70℃に熱すると緑色となり,ミョウバンが晶出しにくくなる。(b)アンモニウムクロムミョウバン(NH4)Cr(SO4)2・12H2O 比重1.717。94℃で結晶水に溶ける。乾燥空気中では風解し,硫酸デシケーター中では6水和物となる。水100gに対する溶解度21.21g(25℃)。エチルアルコールに不溶。
(6)マンガンミョウバン いずれも成分塩の混合硫酸酸性水溶液から結晶として得られる赤色八面体結晶。きわめて不安定なものが多い。MⅠ=Csのものが最も安定であるが,40℃で結晶水に溶け,室温でも黒褐色に変わる。
(7)鉄ミョウバン ごく普通に知られるミョウバンの一つで,成分塩の混合水溶液から結晶として得られる。淡紫色八面体結晶。ミョウバン泉などに産する鉄ミョウバンと呼ばれる単斜晶系結晶があるが,これはハロトリ石halotrichiteという鉱物で,FeⅡSO4・Al2(SO4)3・22H2Oであってミョウバンではない。(a)カリウム鉄ミョウバンKFe(SO4)2・12H2O 比重1.8。83℃で結晶水に溶ける。室温でも空気中で容易に水を失って濁る。水に易溶。(b)アンモニウム鉄ミョウバン(NH4)Fe(SO4)2・12H2O 比重1.723。40℃で結晶水に溶ける。230℃で無水和物となる。
(8)コバルトミョウバン コバルト(Ⅲ)塩は通常不安定で固体として取り出すのが難しいが,ミョウバンとしては比較的たやすく取り出されている。いずれも暗青色八面体結晶。硫酸酸性でコバルト(Ⅱ)塩水溶液を電解酸化して,MⅠ2SO4を加えると得られる。
(9)ロジウムミョウバン 黄色の硫酸ロジウム(Ⅲ)と成分塩の水溶液から得られる橙色八面体晶。
(10)イリジウムミョウバン いずれも黄色正八面体結晶。成分塩の混合水溶液から得られる。
用途
ミョウバンは古くから媒染剤,防水用などとして染色に用いられてきたが,現在でも染色用として広く用いられている。そのほか高級紙のサイズ剤,防湿剤,顔料の体質,泡沫消火剤,皮なめし剤など多くの用途がある。また浄水場での沈殿剤として用いられる。クロムミョウバン,アンモニウムクロムミョウバンも同じような目的で用いられるが,とくに皮なめし,媒染剤,窯業,めっき浴などによく用いられ,鉄ミョウバンも同じように広く用いられる。
執筆者:中原 勝儼
ヨーロッパにおける生産と交易
中世ヨーロッパにおいては,ミョウバンは国際貿易の重要な商品であった。中世の基幹産業ともいうべき毛織物工業では,媒染剤としてのミョウバンが不可欠であったし,皮なめしやガラス製造にも多用された。しかしヨーロッパ内の産出高は限られており,外部からの輸入に依存せざるをえなかった。とくにアナトリア半島産のミョウバンは有名であった。14世紀の中葉,ジェノバ人がイズミル湾に面したフォチャFoça(フォカイア)のミョウバン鉱を獲得して精製を開始し,ジェノバに向けて積出しを行った。15世紀にはミョウバンの独占会社がつくられ,キオス島を拠点に東地中海諸地域のミョウバンが集積され,1000t近い積載能力をもつ大型帆船によって直接にフランドルの毛織物工業地帯へ輸送された。しかし,1455年にトルコ人がフォチャを征服してから,この交易は急速に衰退した。1460年代にローマ教皇領のトルファTolfa(チビタベッキア近傍)で良質のミョウバン鉱が発見され,ここが最大の供給地となって,教皇庁は巨額の利益をあげた。また,メディチ家とジェノバはその販売独占権をめぐって激しい抗争を展開した。16世紀に入るとミョウバンを含む物質の探査と精製方法が発達し,ドイツ,スペインなどの各地で生産が拡大した。G.アグリコラの《デ・レ・メタリカ》でその製法が論じられている。17世紀にはイギリスやスカンジナビアでも生産されるようになった。
執筆者:清水 廣一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報