紫斑(しはん)病や血友病、壊血病などの疾患、あるいは外傷や動脈硬化などで血管が損傷を受けたり破綻(はたん)したりして、出血がおこったとき、これを止めたり予防したりする薬物をいう。生体が損傷を受けて出血をおこしたときには、その防御機構として、(1)血管の収縮、(2)血小板の粘着・凝集、(3)血液の凝固、(4)線維素の溶解、といった機能が働く。すなわち、血管が損傷を受けると出血する。出血するとただちに血管組織からトロンボプラスチンという酵素が放出され、また、血小板が凝集し、その一部が融解して同じくトロンボプラスチンを放出する。このトロンボプラスチンが血中のカルシウムイオンによって活性化され、プロトロンビンからトロンビンとなる。トロンビンは血漿(けっしょう)フィブリノゲンに働いてフィブリンを生成し、このフィブリン線維が絡み合って血栓をつくり、凝血が始まる。そして損傷部は凝血で覆われ、出血が止まる。一方、余分な血栓は線維素溶解酵素のプラスミンによって溶解される。
止血薬には次のようなものがある。
〔1〕血管を収縮させて作用するもの エピネフリン(アドレナリン)。
〔2〕子宮出血を止めるもの 麦角製剤。
〔3〕血管を補強するもの カルバゾクロム製剤(「アドナ」「アドクロン」など)、ルチン、ビタミンC(アスコルビン酸)、結合型エストロゲンなど。
〔4〕血小板に働くもの 血小板機能亢進(こうしん)エタンシラート、ヘビ毒からとったヘモコアグラーゼ(「レプチラーゼ」)。
〔5〕血液の凝固を促進するもの トロンボプラスチン製剤、トロンビン様物質、ビタミンK製剤、フィブリン製剤、カルシウム製剤、ゼラチン製剤、酸化セルロース。
〔6〕その他 抗プラスミン剤であるイプシロンアミノカプロン酸(「イプシロン」)、トラネキサム酸(「トランサミン」)。抗凝血剤のヘパリンに拮抗(きっこう)する硫酸プロタミンも、止血薬の一つと考えられる。
止血薬の使用法には、外用として局所に直接塗布または貼布(ちょうふ)するものと、内服や注射で全身的に投与するものがある。外用にはエピネフリン液のほか、塩化鉄液、タンニン酸液などの収斂(しゅうれん)剤があり、トロンビンなどは粉末を散布する。ゼラチンは内服や注射のほか、スポンジを用いての外用もある。酸化セルロースは外科でよく用いられる。ほかに、骨の手術時の止血に用いられる止血蝋(ろう)(あるいは骨蝋)がある。ビタミンK製剤、カルバゾクロム製剤は内服と注射で用いられる。
[幸保文治]
『松田保著『止血・血栓の臨床』(1996・新興医学出版社)』
外傷,出血素因または各種疾患による出血を防止する薬物。多くの止血薬は,低下した血液凝固機能を補強するため,あるいは血管の抵抗性を強めるために全身投与が行われるが,表面出血を抑えるために局所に適用するものもある。作用機序のうえからは,血液凝固促進薬,繊維素溶解系阻害薬,血管強化薬などが含まれる。
(1)血液凝固を促進する薬物 ビタミンKはナフトキノン誘導体で,天然にはK1(フィトナジオン)とK2が存在し,K3(メナジオン)は合成薬である。これらは,プロトロンビン,Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ因子など血液凝固に必要な因子の肝臓での合成を促進して止血効果をあらわす。また,クマリン誘導体の抗血液凝固作用と拮抗する。先天性の第Ⅷ因子欠乏によっておこる血友病Aや第IX因子欠乏による血友病Bの治療には,ヒトの血漿からⅧ因子やⅨ因子を濃縮した製剤が使われる。哺乳類の脳,肺,脾臓などの抽出液は,トロンボプラスチンを含み,血液凝固を促進するので,局所適用ないし非経口的全身適用がなされる。
(2)亢進した繊維素溶解を阻止する薬物 凝血を溶解する酵素プラスミンを血液中のプラスミノーゲンから生成する系(繊維素溶解系)が亢進した状態では,フィブリン,フィブリノーゲンその他の凝血因子が破壊されて出血傾向があらわれる。たとえば肺炎,結腸炎,あるいは前立腺,膀胱,尿管などの手術後にみられることのあるそのような出血にはイプシロン-アミノカプロン酸,トラネキサム酸などの抗プラスミン薬が有効となる。
(3)血管強化薬 アスコルビン酸,アドレノクロム誘導体,ルチン,ヘスペリジンその他のフラボノイドが,毛細血管の透過性を抑え脆弱(ぜいじやく)性を改善して止血効果を発揮する。
(4)局所適用する薬物 創面に直接適用するもので吸収性止血薬と呼ばれるものがある。結紮(けつさつ)の困難な肝臓,膵臓,脾臓などからの出血に対して,創面に付着させて物理的ないしは化学的に血液凝固を助けるもので,素材は適用部からいずれは吸収されるものを使っている。吸収性ゼラチンスポンジ,酸化セルロースガーゼ,トロンビン,トロンボプラスチン粉末などがある。血管収縮薬を局所的止血に使うこともある。
→止血
執筆者:粕谷 豊
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