中世高地ドイツ語でミンネは〈愛〉,ザングは〈歌〉の意。ヨーロッパ騎士文化に特有のいわゆる〈宮廷風恋愛〉の文学的かつ音楽的表現形式を,恋愛抒情詩一般と区別して呼ぶ名称であるが,通常ドイツ語圏の現象に限定する。ドイツ文学史の中でミンネザングと呼ばれるものは,脚韻を踏む1節ないし数節から成る詩作品で,12世紀後半から15世紀ころまで,主として王侯貴族の社交の場で娯楽と教化のために歌唱された。ミンネザングの作者はミンネゼンガー(またはミンネジンガー)と呼ばれ,詩人であると同時に作曲家であり演奏家でもある。実際の身分は貴族とは限らないが,騎士文化の積極的な担い手であるという自覚の点で,彼らは〈騎士階級〉の成員であり,女流詩人はいない。
愛の歌とはいえ,男女に共通の恋愛感情の自然の流露ではなく,貴婦人に対する騎士の一方的求愛の理想化表現である点に,その階級的男性文学としての特殊性がある。作者は主として〈愛の奉仕〉をする男性の立場で歌っているが,それを受け入れたり拒否したりする女性の立場に立って歌うこともあり,作中の一人称が作者と一致しないという意味では,虚構の詩であって詩人の個人的体験の直接的表現ではない。その根底にあるのは,一人の優れた女性を愛する男性は,相手の愛を得るに値する人間になろうと努力することによって,彼らの属する社会全体にふさわしい人格に成長するという,当時の文化的先進国フランスから移入された思想であって,それがこの騎士的恋愛抒情詩の大義名分になっている。一方,ミンネザング興隆の原動力は,エロスの歌を楽しむ人間集団の現世肯定的欲求にあり,そのような人々のために歌うミンネゼンガーの詩作態度も,倫理的たてまえと官能的本音の間を微妙に揺れ動いて,両者の種々の組合せの中から生まれるニュアンスの多様性を楽しむ独特の文学形式となった。初期のドナウ地方の詩人キュルンベルガーder Kürnberger,ディートマル・フォン・アイストDietmar von Aist,ライン地方の先駆者フリードリヒ・フォン・ハウゼンFriedrich von Hausen(1150ころ-90),最盛期の代表的詩人ハインリヒ・フォン・モールンゲンHeinrich von Morungen,ラインマル・フォン・ハーゲナウReinmar von Hagenau,ワルター・フォン・デル・フォーゲルワイデ,崩壊期のナイトハルトら,愛という唯一のテーマを歌いながら,表現技術の面ではそれぞれに独自性をもつ。しかし,このジャンルの生産的な時期は1220年ころで終わり,その後は急速に亜流化していく。文化の担い手が市民階級に移るに伴い,ミンネザングの形式はマイスターザング(マイスタージンガー)に受け継がれ,愛に関する個々の表現やモティーフは民謡の中で使い古されていく。なお,旋律の伝承,その他の音楽面については〈ミンネゼンガー〉の項目を参照。
執筆者:岸谷 敞子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ウェルンヘル・デル・ガルテネーレの《ヘルムブレヒト》のように,身分社会の混乱をそのまま映し出す短い形式への移行が生じたし,またそこに滑稽譚という領域を開拓して風刺文学の草分けとなったのが,シュトリッカーである。
[抒情詩のモティーフ]
抒情詩ではトルバドゥールの様式を受け継いだミンネザングが成立し,貴婦人への愛の奉仕を最高の理念とする歌が多く作られた。ラインマルReinmar von Hagenauを頂点とする盛時のミンネザングは,この愛を神への愛にまで結びつけようとしたが,一方ワルター・フォン・デル・フォーゲルワイデは身分の低い娘を登場させて世俗の愛をうたい,あるいは政治的発言を織り込んだ格言詩をつくり,ナイトハルト(ロイエンタールの)などにいたると,騎士と農民の間の力関係の混乱がパロディの形をとって農村を舞台にした詩に反映されることになる。…
…フォーゲルワイデ(鳥の餌場)という姓が出身の地名に由来する通称であるか,遍歴詩人を示唆する渾名(あだな)であるかも決めがたい。一編の長大なマリア賛歌と約70編のミンネザングのほかに,政治的道徳的時事問題や個人的体験を歌った100余編の格言詩があり,それを手がかりにすると生涯はおよそ1170‐1230年の間と推定される。ウーラントのワルター伝(1822)以来,種々の伝記が書かれてきたが,いずれも作品解釈だけによるものであり,ワルター像にはつねにドイツ文学研究の時代的傾向が反映している。…
※「ミンネザング」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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