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メスキータ Mezquita

デジタル大辞泉の解説

メスキータ(Mezquita)

スペイン、コルドバにあるモスク。後ウマイヤ朝アブド=アッラフマーン1世の命で8世紀に建設が始まり、10世紀末に完成した。大理石と赤れんがを組み合わせた馬蹄(ばてい)型アーチを1000本の円柱(現在は約850本)が支え、その内部空間の広さと美しさで知られる。レコンキスタ後、カトリック聖堂に転用された。他施設とともに「コルドバ歴史地区」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。コルドバ大聖堂

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

メスキータ Mesquita, Diogo de

1553-1614 ポルトガルの宣教師。
イエズス会士。天正(てんしょう)5年(1577)来日。10年天正遣欧少年使節に世話役として同行し,ヨーロッパ各地をまわり18年日本にもどる。19年使節ら一行とともに豊臣秀吉に謁見。のち天草,長崎のコレジヨ院長,日本管区長顧問などをつとめた。キリシタン追放令による離日直前,慶長19年10月3日死去。61歳。メイアンフリオ出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

メスキータ

没年:慶長19.10.3(1614.11.4)
生年:1553
ポルトガルイエズス会士。天正5(1577)年来日,日本語の上達が早く3年後には安土で宣教に従事。ヴァリニァーノから天正遣欧少年使節の世話を委ねられて同行。その途中,マカオで司祭となる。帰国後,ヴァリニァーノ,使節の少年たちと共に秀吉に謁見。文禄4(1595)年天草のコレジョ(学院)の学院長となる。コレジョの長崎移転とともに院長として移る。慶長8(1603)年には長崎の酒屋町にサンチァゴ病院を建て,病人の看護にも尽くす。同16年ここに移り,原マルティーノの和訳でキリシタン版の印刷事業を発展させた。同19(1614)年幕府の宣教師追放令により乗船を待つ間,病気のため十善寺浜(長崎市福田本町)の漁民の小屋で病没。

(片岡瑠美子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界遺産情報の解説

メスキータ

コルドバにある、歴史を重ねてキリスト教と混じりあった個性的な美しい寺院です。コルドバは古代ローマと8〜15世紀のイスラム支配下にあって、輝かしい発展を遂げたヨーロッパ最大の都市でした。その過ぎ去った日の栄光と歴史を目にすることができるのがメスキータ(モスク/回教寺院)。ここは、イスラムの時代のモスクの面影とカトリック教会としての機能が同居している不思議な空間で、それぞれの文化の華やかなだったころを体感することができます。メスキータの北側一帯はユダヤ人地区になっています。

出典 KNT近畿日本ツーリスト(株)世界遺産情報について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

メスキータ【Mezquita】

スペイン南部,コルドバにあるモスクで,スペインのイスラム建築の傑作。アブド・アッラフマーン1世により758年に着工,3年後にヒシャーム1世が完成させた。〈オレンジの木の中庭〉(73m×36m)とその南側にあるアラブ・タイプの多柱式礼拝堂(柱間数は間口が11間,奥行きが12間で,規模は73m×38m)からなる長方形プランの石造建築で,砦のように厚く高い壁に囲まれ,サーマッラーの大モスクに次ぐ雄大な規模をもつ。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界の観光地名がわかる事典の解説

メスキータ【メスキータ】
Mezquita

スペイン南西部、セビリア(Sevilla)の北東約130kmの位置にある、アンダルシア地方の都市コルドバ(Córdoba)を流れるグアダルキビール川の河畔に建つ世界最大級のモスク(イスラム教礼拝堂)。「メスキータ」は、スペイン語で「モスク」という意味の言葉である。コルドバは711年にイスラム教徒に征服され、756年に成立したイスラム王朝の後ウマイヤ朝はこの地を首都とした。784年、同王朝のアブド・アッラフマーン1世は、巨大なモスクの建設に着手し、その拡張は10世紀ごろまで続いた。レコンキスタにより、カトリック教徒がコルドバを奪回すると、モスクはスペイン王カルロス1世の時代にカトリック聖堂になった。現在はカトリック教会の司教座聖堂の聖マリア大聖堂(Catedral de Santa María de Córdoba、通称・コルドバ大聖堂)となっている。今日残る聖堂は、往時のモスクの面影を色濃く残していて、大理石と赤レンガを組み合わせた馬蹄型アーチを846本の円柱が支える礼拝堂の「円柱の森」は特に有名である。◇この聖堂は、旧市街のアルカサルやカラオラの塔などとともに世界遺産に登録されている。

出典 講談社世界の観光地名がわかる事典について 情報

世界大百科事典内のメスキータの言及

【スペイン美術】より

…スペイン・イスラム建築(8~15世紀)も戦乱によって破壊されたものが多いが,その代表作が今日に伝えられている。まず後ウマイヤ朝の遺産を代表するコルドバのメスキータmezquita(8~10世紀)は,平面が136m×186m,1000本の円柱が林立する巨大な祈りの殿堂で,ローマ時代の水道橋にヒントをえた二重アーチ構造をとるなど,スペイン・イスラム建築の独自性を見せている。偶像崇拝を禁ずるイスラム美術はアラベスク文様を発展させたが,後期コルドバ様式で豊かさを加えた装飾性は,続く北アフリカ系のムワッヒド朝によって発展し,セビリャのヒラルダGiraldaの塔(12世紀)にその優雅な結晶を見せている。…

【コルドバ】より

…人口27万9386(1981)。グアダルキビル(古名バエティス)川北岸に立地し,同川にかかるローマ期の橋やイスラム期の壮大なモスク(スペイン語名メスキータ)で知られる。セビリャとマラガに次ぐアンダルシア第3の都市だが,近代産業と現代的な活気に乏しい。…

【スペイン美術】より

…スペイン・イスラム建築(8~15世紀)も戦乱によって破壊されたものが多いが,その代表作が今日に伝えられている。まず後ウマイヤ朝の遺産を代表するコルドバのメスキータmezquita(8~10世紀)は,平面が136m×186m,1000本の円柱が林立する巨大な祈りの殿堂で,ローマ時代の水道橋にヒントをえた二重アーチ構造をとるなど,スペイン・イスラム建築の独自性を見せている。偶像崇拝を禁ずるイスラム美術はアラベスク文様を発展させたが,後期コルドバ様式で豊かさを加えた装飾性は,続く北アフリカ系のムワッヒド朝によって発展し,セビリャのヒラルダGiraldaの塔(12世紀)にその優雅な結晶を見せている。…

※「メスキータ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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