メソポタミア神話(読み)めそぽたみあしんわ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「メソポタミア神話」の意味・わかりやすい解説

メソポタミア神話
めそぽたみあしんわ

古代メソポタミア文明は、先住民であるシュメール人が生み出した文字、宗教、制度などを、バビロニアアッシリア人、カナーン人、ヒッタイト人らが継承し発展させて大成したもので、神々の体系および神話も例外ではなかった。

 シュメールの神々の体系としては、原初にアン(天)、キ(地)およびエンキ(水)などがあり、アンとキは結び付いてエンリル(大気)を生んだが、このエンリルはのちにキの地位を奪った。エンリルからはナンナ(またはナンナル、月)が、ナンナからはウトゥ(太陽)とイナンナ(愛と美、金星)の神々が生じたとされる。この体系がバビロニア・アッシリアへ入ると、アン(天)はアヌとなり、ナンナ(月)はシン、ウトゥ(太陽)はシャマシュ、エンキ(水)はエア、イナンナ(金星)はイシュタルと名を変えた。また、エアとイシュタルはアダド(嵐(あらし))とともにアヌの子とされている。なお、シュメールのエンリル(大気)はバビロニアでは単にベール(主)とよばれ、厚く尊崇されていたが、ハムラビ王(前1750ころ)以後には、バビロン土着の神マルドゥクがこれにとってかわった。

矢島文夫

創世神話

創世神話といえるものは、シュメールではいまのところみいだされず、主としてバビロンのマルドゥク神の縁起物語である『エヌマ・エリシュ』(全7章、現存するもの約1000行)で知られている。これはバビロンの新年祭(アキトゥー祭)で朗唱されたと思われる。原初にアプスー(真水の海、男神)とティアマト(塩水の海、女神)があり、これが結び付いてラフムとラハムが生じ、ここからアンシャルとキシャルが生じ、さらにここから前記のアヌ(天)が生じ、アヌからエア(水)が生じた。エアは賢く、すばしこく、ついにはアプスーにかわって力を得た。エアとダムキナとの間に生まれたマルドゥクはたくましくなり、古い秩序を破壊することに専心した。

 ティアマトはこれに対して11の怪物をつくりだし、キングーという名の神を指揮官として戦いに備えた。そこで天上の神々はティアマトを反逆者とみなし、マルドゥクを王にいただくことを決めた。ついに両者の軍隊は戦いを交え、マルドゥクの軍隊はティアマトの軍隊を破り、ティアマトは殺された。

 マルドゥクはティアマトの体を二分し、一方で天空をつくり、他方を水面にかぶせて陸地とした。また指揮官キングーを殺し、その血から人間をつくりだした。人間は神々を尊崇するようにつくられた。こうして、人々はマルドゥクに感謝するためにバビロン市をつくり、その中央にマルドゥクのためのエサギラ殿を建てた。またマルドゥクの弓は天にかけられた。

[矢島文夫]

ギルガメシュ物語

世界最古の文学作品といわれる『ギルガメシュ物語』はメソポタミアの叙事詩で、紀元前2000年ごろの成立といわれる。主としてニネベ出土のアッシリア版(現存するもの約2000行)と若干のバビロニア版、それにヒッタイト語断片やフルリ語小断片などで知られているが、これにはシュメール語版伝来のいくつかの神話的場面がはめ込まれている。ウルクの人たちの求めによって女神アルルが猛者(もさ)エンキドゥを粘土からつくるところ、ギルガメシュがエンキドゥとともに森の怪物フンババを倒すところ、女神イシュタルがギルガメシュを誘惑するところ、天の牛を殺したエンキドゥが死ぬところ、『旧約聖書』の「ノアの洪水」の物語に対応する「大洪水」の挿話などがそれである。「大洪水」の部分のシュメール語版の主人公はジウスドラで、アッシリア版のウトナピシュティムはこれを訳したものと思われ、「不死の人」を意味するとみなされている。

[矢島文夫]

その他の神話文書

アッシリア版『イシュタルの冥界(めいかい)下降』(約130行)は、女神イシュタルが七つの門を通りながら衣服を脱ぎ、最後には裸身で冥界の女王エレシュキガルに会う神話で、シュメール伝来の「タンムーズ神話」の一部をなしている。タンムーズはシュメール名ドゥム・ジ・アブズの省略形で、植物神を表しており、現存するシュメール版では女神イナンナがドゥム・ジを追いかけていき、種々のできごとが生ずる複雑な神話となっている。この神話はヒッタイトではテリピヌ神話、ギリシアではアドニス神話となった。また、ワシに乗って天界に達しようとして墜死したアッシリアのエタナの話、エアのことばを信じて天の神の勧める不死の食物を断った同じくアッシリアのアダパの話などには、各地に伝わる民話、神話との共通性が認められる。

[矢島文夫]

『矢島文夫著『メソポタミアの神話』(1982・筑摩書房)』

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