メドベージェフ(英語表記)Medvedev, Dmitry

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

メドベージェフ
Medvedev, Dmitry

[生]1965.9.14. レニングラード
ロシアの政治家,法律家。ロシア大統領(在任 2008~12),首相(在任 2012~ )。フルネーム Dmitry Anatolyevich Medvedev。レニングラード郊外の中流階級の家庭に生まれた。1987年レニングラード大学を卒業,1990年に同大学で法学博士号を取得したのち 1999年まで母校で法律を教えた。1999年にウラジーミル・プーチンロシア大統領代行に就任すると,側近に抜擢された。2000年の大統領選挙でプーチン陣営の選挙対策本部の責任者を務め,プーチンが当選を果たすと大統領府第1副長官に任命され,さらに国営天然ガス企業ガスプロムの会長に就任した。2003年に大統領府長官となり,その 2年後,新設された第1副首相の座についた。プーチン政権下で改革路線を掲げる有能な政治家として台頭,リベラル色が強いメドベージェフを快く思わない保守派もいたが,2007年12月プーチン大統領に後継者として指名された。2008年3月の大統領選挙で圧勝し,大統領就任式当日にプーチンを首相に指名,議会の承認を得たのち 2頭体制が発足した。2012年3月の大統領選挙にプーチンが勝利すると,プーチンの指名により入れ替わるかたちで首相に就任した。

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デジタル大辞泉の解説

メドベージェフ(Dmitriy Anatol'evich Medvedev)

[1965~ ]ロシア連邦の政治家。早くからプーチンの側近としてサンクトペテルブルグ市政や国政に関与し、2005年に第一副首相に就任。2008年3月の大統領選ではプーチンの後継指名を受けて圧勝。第3代ロシア連邦大統領に就任しプーチンを首相に指名した。2012年プーチンの大統領再任に伴い、自らは首相となる。

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百科事典マイペディアの解説

メドベージェフ

ロシアの政治家。ソビエト連邦時代のレニングラード(現サンクト・ペテルブルク)に生まれる。レニングラード大学大学院で博士号を取得。1990年代,当時のレニングラード市ソビエト人民代議員機関に勤務する傍ら,サンクト・ペテルブルク市長サプチャークの法律専門家として働き,そこでサプチャークの補佐官となったプーチンと知り合う。1994年同市議会の議長を務めるプーチンの顧問に就任,1999年にはプーチンの首相就任に伴い,ロシア連邦政府官房次長,大統領府第一副長官に任命された。2000年のロシア大統領選挙では,プーチン候補の選挙対策責任者として貢献,その後2003年大統領府長官,2005年第一副首相を歴任しプーチンの後継者として注目される。一方,世界最大規模を誇るエネルギー企業ガスプロムの会長を務めるなどロシアの政財界に存在感を示した。2007年12月10日プーチン大統領は自身の後継者としてメドベージェフを指名,2008年3月の大統領選挙で圧勝し,同年5月7日,42歳の若さでロシア連邦第3代大統領に就任した。大統領となったメドベージェフはプーチンを首相に指名,双頭体制が整えられた。現実主義的,自由主義的な政治信念をもつ。2008年7月の洞爺湖サミットで国際政治の舞台へデビューした。2012年3月の大統領選では,プーチンが立候補,当選を果たし,メドベージェフが首相に指名された。民主主義国家では異例の長期双頭体制である。
→関連項目北方領土問題ロシア

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