デジタル大辞泉
「めり」の意味・読み・例文・類語
めり[助動]
[助動][○|(めり)|めり|める|めれ|○]動詞型活用語の終止形、ラ変型活用語の連体形に付く。
1 目で見た事柄に基づいて判断・推量する意を表す。…のようだ。…のように見える。…のように思われる。
「つばくらめ子産まむとする時は、尾をささげて七度めぐりてなむ、産み落すめる」〈竹取〉
2 断定を避けて婉曲的に表現する意を表す。…のようだ。…らしい。
「さらば今日こそは限りなめれ」〈源・帚木〉
[補説]「見あり」または「見えあり」の音変化か。視覚的に判断する性質が原義であるといわれる。平安中期・後期の散文に盛んに用いられ、特に会話の中に多く使われたが、連用形は「き」「けり」「つ」に連なるだけであまり多く使われない。ラ変型活用語への接続形は、「あ(ん)めり」「な(ん)めり」「た(ん)めり」「べか(ん)めり」となることが多い。
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めり
- 〘 助動詞 〙 ( 活用は「〇・めり・めり・める・めれ・〇」。用言・助動詞の終止形に付く。ただし、ラ変型活用をする語には通例ラ行の語尾を脱した形に付く。→語誌( 3 ) ) 推量の助動詞。
- ① 目前の情況から判断・推量することを示す。…と見える。…と見うける。見たところ…と思われる。
- [初出の実例]「かぐや姫の皮衣を見ていはくうるはしき皮なめり、わきてまことの皮ならんとも知らず」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
- 「若宮はいかに思ほし知るにか、参り給はん事をのみなむ思し急ぐめれば、ことはりに悲しう見奉り侍る」(出典:源氏物語(1001‐14頃)桐壺)
- 「此の世の中のあり様、さりともと存じ候ひつるに、いまはかうにこそ候めれ」(出典:平家物語(13C前)七)
- ② 断定してもよいことを、直叙を避け、推量の形を借りて遠まわしに表現する場合に用いる。…ようだ。
- [初出の実例]「龍田川紅葉乱れてながるめりわたらば錦中やたえなむ〈よみ人しらず〉」(出典:古今和歌集(905‐914)秋下・二八三)
- 「さらば今日こそは限りなめれとこの指(および)をかがめてまかでぬ」(出典:源氏物語(1001‐14頃)帚木)
めりの語誌
( 1 )語源については、「見えあり」「見あり」または「め(目や見るなどと同根)あり」の変化したものとするなど諸説がある。同じく終止形に付く推量の助動詞「なり」が「ね(音)」「なく(鳴)」等に関連づけられて聴覚的であるのに対し、「めり」は視覚的であるといわれる。
( 2 )連用形「めり」の例は少なく、助動詞「き」「つ」「けり」に続くものだけで、和歌に使われた例もない。
( 3 )ラ変型の活用語に付く時は、「あめり・なめり」などと書かれていることが多い。これは、「あンめり・なンめり」などと、撥音便化した部分が表記されなかったものと考えられる。その原形は、おそらく連体形「ある」よりも終止形「あり」であろう。
( 4 )上代にはただ一つ「万葉‐三四五〇」の「をくさ男(を)とをぐさずけをと汐舟の並べて見ればをぐさ可知馬利(かちメリ)」という連用形に接続している例があるが、確例とはしがたい。
( 5 )中古には盛んに使われるが、和歌には用例が非常に少なく、また、漢文訓読文には見当たらない。日常の口頭語の世界で好まれたものと思われる。
( 6 )①の推量の用法と②の婉曲の用法とは明白には区別しにくい面がある。
めり
- 〘 名詞 〙 「めりやす①」の略。
- [初出の実例]「おもしさふにめりをうとふは」(出典:黄表紙・佐夜中山我身鐘(1776)下)
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メリ
めり
Veijo Väinö Valvo Meri
(1928―2015)
フィンランドの小説家、詩人、劇作家。カレリア地方(現、ロシア連邦領)ビープリ(ビボルグ)市生まれ。大学で歴史を学び、その後、出版業などに携わるかたわら作品を発表する。1954年のデビュー以来、前衛的な戦争小説を書き続けた。ソビエト・フィンランド戦争などを目撃したことが、「戦争を書かないではいられない」という下地となり、彼の史観を特異なものにした。彼の視点は、つねに戦時下の一隅にいる一平凡人の一点に向けられ、戦争を遠景に、人間の平凡な試みさえもが無に帰していく過程を、冷酷、精密に追う。彼による提示は、ただ、無へ向かう旅人のパントマイム、解答なき答えだけである。そこに漂っている苦いユーモアと悲劇性から作品は戦争のパロディーともいえる。技法的には、夏目漱石(そうせき)、大岡昇平を通して知った現代日本の小説構成や、チェーホフの創作態度の影響もみせて、独自の「新小説(ヌーボー・ロマン)」の世界を構築した。代表作として、道端で拾ったロープを体に巻き付け、前線から引き上げる特異な兵士の心境を物語った小説『マニラ麻のロープ』(1957)がある。狂気からの解放を求める人間の深層心理を、小話を絡めた独特の文体で表現し、フィンランドの散文のモダニズムを代表する作家となった。1971年には、北欧評議会の文学賞(北欧文学賞)を受賞するなど国際的に高い評価を受け、多くの言語に翻訳されている。そのほかに、『1918年の出来事』(1960)、『鏡に描かれた女』(1963)、『墓地』(1964)、北欧文学賞を受けた『軍曹の息子』(1971)、『アイスホッケー選手の夏』(1980)などの小説や、詩集『朝のような春』(1987)を著している。
[高橋静男・末延 淳]
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メリ
Meri,Lennart
[生]1929.3.29. タリン
[没]2006.3.14. タリン
エストニアの政治家。高名な文学者で外交官の子として生まれ,少年時代にベルリン,ロンドン,パリで教育を受けた。 1940年エストニアがソビエト連邦に武力併合されると父親はモスクワの労働キャンプに送られ,家族はシベリアでの流刑生活を余儀なくされた。 1946年エストニアに戻った。 1953年タルトゥ大学を卒業後エストニア放送,1963年から 1980年代後半までタリンフィルムでシナリオライターやプロデューサーとして勤め,ドキュメンタリー・フィルム『銀河の風』 Linnutee tuuled (1977) はニューヨーク・フィルム・フェスティバルの銀メダルを獲得した。 1988年非政府組織のエストニア協会を設立して西側との交流をはかった。 1990~92年外務大臣,1992年4月駐フィンランド大使。同年9月大統領選挙に祖国連合から出馬,決選投票で独立後初の大統領に就任。 1996年再選され,2001年に引退した。
メリ
Meri, Veijo
[生]1928.12.31. ビープリ
フィンランドの小説家。軍人の家に生まれ,大学では歴史を専攻。みずからは戦争体験がないが,青年期までに3度の戦争を目撃したことが契機となって戦争小説を多く書いた。日本の古典文学に親しみ,1958年頃から現代文学をも知り,特に夏目漱石,大岡昇平らの影響を受け,特異な小説手法をみせている。主著に,多くの外国語に翻訳された代表作『マニラ麻のロープ』 Manillaköysi (1957) ,『1918年の出来事』 Vuoden1918tapahtumat (1960) ,『基地』 Tukikohta (1964) ,『殺人者』 Tappaja (1962) ,『鏡に描いた女』 Peiliin piirretty nainen (1963) など。
メリ
邦楽理論用語。特に尺八でよく用いられる,基本の音よりも音高を低める技法,およびその低められた音をいう。「カリ」の対語。動詞「メル」としても用いられる。尺八の場合,第一義的には呼気の角度の変化により音を低めることを意味し,実際には,それに加えて指孔の開き加減を併用することが多い。指孔全開で非「メリ」の音に比して半音下げた音を「中メリ」,全音下げた音を「大メリ」と区別することもある。尺八は指孔が少いので,メリの音を用いて初めて十二律が得られる。
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メリ
Veijo Väinö Valvo Meri
生没年:1928-
フィンランドの作家。大学で歴史学を専攻。父が将校で,青少年期に兵士たちを通じて3回の戦争を耳学問で知ったことが戦争小説執筆の動機となった。戦場下の兵士がささやかな人間的希望を抱くことによって悲劇に至る過程をユーモラスに描いた《マニラ麻ロープ》(1957)が新小説(ヌーボー・ロマン)と呼ばれて国際的名声を得た。ほかに《1918年のできごと》(1960),《軍曹の息子》(1971)がある。1973年に北欧文学賞を受賞した。
執筆者:高橋 静男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
世界大百科事典(旧版)内のめりの言及
【尺八】より
…指孔を指先で直接押さえるので,全開・全閉のみならず,半開,四半開も可能で,音高を微妙に変化させ得る。また,唇と歌口の間隙を変える(これをメリ・カリといい,実際にはあごを引いて音を下げ,あごを出して音を上げる)ことによっても,音高が微妙に変化する。指孔半開とメリ・カリの併用により,音域内のすべての微分音を奏し得,かつポルタメント奏法も可能であり,これが尺八独特の味わいを出す大きな特色となっている。…
※「めり」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」