モロトフ(Vyacheslav Mihaylovich Molotov)(読み)もろとふ(英語表記)Вячеслав Михайлович Молотов/Vyacheslav Mihaylovich Molotov

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モロトフ(Vyacheslav Mihaylovich Molotov)
もろとふ
Вячеслав Михайлович Молотов/Vyacheslav Mihaylovich Molotov
(1890―1986)

本名スクリャビンСкрябин/Skryabin。ソ連の政治家。3月9日にロシアのビヤトカ県(現キーロフ州)の執事の家に生まれる。1902年にカザンの実科学校に入学、在学中の1906年にボリシェビキ党に入る。非合法の革命運動により幾度も逮捕され、1917年の革命時には軍事革命委員として活躍。1920年に党中央委員候補に選ばれ、1921年に党中央委員となり、政治局員候補兼書記として最高指導部の一員となる。1926年政治局員に昇進、1930年人民委員会議議長(首相)となり、1939年には外務人民委員(外相)を兼務。1941年5月にスターリンが人民委員会議議長に就任したあと同第一副議長兼外務人民委員としてスターリンを助け、第二次世界大戦中テヘラン、ヤルタポツダム巨頭会談に出席。1949年外相の地位から離れたが、1953年のスターリンの死後、ふたたび第一副首相兼外相となる。1957年6月フルシチョフ党第一書記の追放を策して失敗し、モンゴル駐在大使に左遷される。1960年ジュネーブの国際原子力機関代表に転じ、1961年の第22回党大会には党綱領草案は修正主義的であるとの意見書を提出し、批判を受け、完全に失脚。1972年から年金生活に入った。1984年名誉回復、1986年11月8日に死去。墓はフルシチョフと同じくモスクワノボジェービチー修道院の墓地にある。

中西 治]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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