ヤギ(哺乳綱)(読み)やぎ(英語表記)goat

日本大百科全書(ニッポニカ)「ヤギ(哺乳綱)」の解説

ヤギ(哺乳綱)
やぎ / 山羊
goat

哺乳(ほにゅう)綱偶蹄(ぐうてい)目ウシ科ヤギCapraに含まれる動物の総称。狭義には家畜化されたヤギC. hircusをさす。ヒツジ(ヒツジ属Ovis)と系統分類学的に近い動物であるが、(1)ヒツジには眼下腺(せん)、蹄間、鼠径(そけい)腺などの分泌腺があるのに、ヤギにはなく、尾の下に尾下腺を有すること、(2)ヤギの雄にはりっぱな顎髯(がくぜん)があること、(3)ヒツジは一般に尾が長く垂れているが、ヤギは短く立っていること、(4)ともに草食性であるが、ヤギは草よりもむしろ樹葉を好むこと、などの相違点がある。しかし、ヤギ属とヒツジ属の間には、半羊とよばれる属、たとえば髯(ひげ)をもつヒツジであるバーバリシープ属Ammotragusや、髯のないヤギであるタール属Hemitragusなどもあり、差は明瞭(めいりょう)ではない。

[正田陽一]

野生ヤギ

家畜ヤギの祖先種と考えられる野生ヤギには次の3種がある。

(1)ベゾアールC. aegagrus ノヤギまたはパザンとよばれ、カフカスやアフガニスタンなど西アジアの山岳地帯にすんでいるが、その胃の中にある胃石に薬効があると信ぜられたため、乱獲されて数が減っている。弓形に曲がった大きな角(つの)をもち、ヨーロッパ系の乳用種の先祖とされる。

(2)マーコールC. falconeri ヒマラヤ、アフガニスタンに野生し、角は螺旋(らせん)状に巻いてコルク抜き形を呈する。西アジアの毛用ヤギの祖先種である。

(3)ヨーロッパノヤギC. prisca 絶滅種であるが、ヨーロッパ南西部にかつて野生しており、螺旋角をもつヨーロッパ系家畜ヤギの先祖と考えられている。

 このほか家畜ヤギとは関係のないものに、山岳性野生ヤギのアイベックス類がある。この類にはアルプスアイベックスC. ibexカフカズツールC. caucasicaなど7種があり、ヨーロッパ・アルプス、カフカス、インド北西部などの高所にすむ。体格は全体にがっしりとしており、角は雌雄にあるが、とくに雄は三日月形で後下方に湾曲した巨大な角をもつ。体毛は灰褐色であるが、地方や季節により変化する。

[正田陽一]

家畜ヤギ

最古の農村文化遺跡といわれるヨルダンのエリコ遺跡からも、家畜ヤギと推定される骨が出土しており、紀元前7000年ごろに家畜化が成立したと考えられている。現在飼育されている家畜ヤギは肉用の目的のものがいちばん多く、ついで乳用種、毛用種となる。家畜ヤギの飼養頭数は世界で8億0763万頭、アフリカ、アジアの両地域にもっとも多く9割を占めるが、その大部分は改良の程度の低い肉用種で、代表的な改良種としてはインド原産のジャムナパリJamnapariがある。ヤギ肉は特有なにおいがあり(とくに繁殖期の雄に強い)嫌う人も多いが、日本でも長崎県、沖縄県では古くからヤギ肉料理が盛んで、小形の肉用在来ヤギ(トカラヤギシバヤギ)が飼われていた。乳用ヤギとしてはヨーロッパ系の改良種が多く、もっとも有名な品種にザーネンSaanenがある。スイスのザーネン渓谷の原産で、被毛は白色、無角であごの下に肉髯がある。乳量は年間600~1000キログラム。イギリスで改良されたブリティッシュザーネンBritish Saanen、日本で改良した日本ザーネンがある。トッゲンブルグToggenburgはスイス原産で、毛色はチョコレート色、顔に白斑(はくはん)がある有角の品種。アルパインAlpineもスイス原産で有角、褐色。アングロヌビアンAnglo-Nubianはイギリスで改良された無角、垂れ耳の品種で、毛色は変異が多く斑紋のものもある。山羊乳は脂肪球が小さく消化がよいので、飲用乳として優れている。毛用種としては、トルコ原産でモヘアを生産するアンゴラAngolaと、冬毛が高級織物の原料となるカシミアCashmereが有名である。このほか皮革の利用も盛んで、キッドとよばれて手袋や防寒衣料、袋物に使われる。なお、日本には現在約3万4000頭のヤギが飼育されている。

[正田陽一]

形態・生態

ヤギはヒツジに比べて(くび)が長く頭部が高く位置しており、雌雄ともに有角のものが多い。角は弓形で、左右に扁平(へんぺい)になっている。全身の被毛は堅い粗毛で、毛脂に乏しい。尾は短く、扁平である。

 性質はきわめて活発で、動作は敏捷(びんしょう)であり、高い場所へあがることを好む。食性は、樹葉嗜好(しこう)性が強く、低木を食害するうえ、高い木の枝に登って葉を食べることもあるので、植生の乏しい場所に過放牧すると、土地を荒らしてしまうこともある。群居性はヒツジほど強くはないが、まとまって行動する。

[正田陽一]

飼養・管理

家畜ヤギは、体質強健で粗末な飼料でも飼うことができ、体が小さいので維持飼料も少なくてすむことから「貧農乳牛」ともよばれて、小規模経営の農家で飼育されることが多い。春から秋へかけて青草のある季節は野草、牧草、樹葉を中心に与え、冬季には干し草サイレージ、根菜などを給与する。田のあぜにつなぎ飼いすることもしばしば行われる。草を刈って与える場合には、草架に投入して与え、ヤギが踏んで汚したりしないように注意する。また雨露にぬれた草は、鼓張症の原因にもなるので乾かして与える必要がある。繁殖期は秋で、生後半年を過ぎた雌には21日の周期で発情が訪れる。鳴き声、振尾、外陰部の腫脹(しゅちょう)、粘液の分泌などで判定することができる。普通、当歳では種付けを行わず、明け2歳から繁殖に供用する。妊娠期間は平均152日。春先に分娩(ぶんべん)する。単胎であるが2子または3子の場合も多く、シバヤギのように多胎の場合のほうが多い品種もある。生まれた子はすぐに立ち上がって母親の乳を飲む。生後1週間ほどの間の乳は、初乳といって子ヤギに免疫抗体を与え、胎便を排出させる働きをするので、かならず飲ませなければならない。

 有角の個体は管理の便のため生後7~10日ごろに除角を行う。角の生える位置の毛を刈って皮膚を裸出させ、角の成長点をカ性カリのような薬品、もしくは焼きごてで焼く。肉用にする雄畜は生後3週齢ごろに去勢をすると、と肉に特有な牡臭(ぼしゅう)がつかず肉質を高めることができる。またヤギのひづめは定期的に削蹄をしないと、角質部が伸びすぎて腐蹄症の原因となったり、肢勢を悪くしたりする。2か月ぐらい置きに削蹄鋏(ばさみ)、あるいは鎌(かま)などで削ることがたいせつである。

 ヤギはじょうぶな家畜で健康を害することは比較的少ないが、寄生虫の被害を受けることが多いので、畜舎の運動場などはつねに乾燥して清潔にするように努める必要がある。胃に寄生する捻転(ねんてん)胃虫、原虫の一種コクシジウムによる下痢などが多発する。また夏季にカが媒介するウシの糸状虫の子虫が脊髄(せきずい)に迷入すると腰麻痺(ようまひ)の症状を示し、起立不能となる。このほか飼料に原因する胃腸カタルや鼓張症などの消化器疾患も多い。野草地へ放牧するときには、ツツジアセビなど有毒植物を採食して中毒することもあるので注意が肝要である。

[正田陽一]

食品

ヤギの食用は中東の放牧民族をはじめ、ヨーロッパ、アジアなど各国で行われ、肉以外に内臓や乳が利用される。トルコの一部、エチオピア、コンゴ民主共和国(旧、ザイール)、インドネシアなどでは、他の食肉よりも山羊肉をとくに重用し、もてなしの御馳走(ごちそう)としている。ギリシアやフランスには山羊乳を用いたチーズがある。山羊肉の栄養価は羊肉に比べタンパク質が多く、脂質が少ない。山羊乳の栄養成分は牛乳とほぼ似ているが、タンパク質の構成が牛乳より人乳に似ている。

[河野友美・大滝 緑]

調理

ヤギの肉色は淡赤色で特有の臭みがあるが、羊肉ほど強くない。調理ではスパイスを用いて串(くし)焼き、シチュー、ロースト、汁物などにする。日本では沖縄に山羊料理があり、ヤギの刺身(皮ごと薄切りにしてしょうゆ、特産の柑橘(かんきつ)類であるシークヮーサーの汁、薬味で食べる)、山羊汁(骨つきのヤギの肉、内臓などをぶつ切りにしてヨモギの葉とともに3~4時間煮込み、ショウガと塩で調味しながら食べる)、そのほか山羊肉の角煮や炒(いた)め物などがある。

[河野友美・大滝 緑]

ヤギと人間

自然条件の厳しい山岳地や不毛の地でも生存でき、しかも良質の乳や肉が食用となり、毛皮の利用価値も高いというヤギは、「貧農の乳牛」ともよばれて早くから家畜化されていた。イラン北部では、すでに紀元前6000年ごろから家ヤギが飼われていたという説もあり、順化の初めは、野生ヤギの群れの移動に伴う一種の遊牧生活であったと考えられる。現代のアフリカにおいてももっとも重要な家畜の一つであり、とりわけツェツェバエの生息する地域では、比較的これに強いヤギがウシにとってかわっており、重要な嫁資(かし)や供犠(くぎ)獣の役割を担っている。ナイジェリアのハウサ人やカメルーンのフラニ人などでは、ヒツジとともにヤギの皮細工が盛んである。

 樹々の新芽を食い尽くして森を荒廃させるヤギは、人間にとってヒツジと同様砂漠化を進める恐怖の存在であるが、一方では森を開拓するのにかっこうな補助者であった。さらに、家畜化されたあとでもかなり野性を残し、荒れ地でも慣れて生殖力が強いという特質は、自然性を象徴するのにふさわしい動物とされ、古代ギリシアでは山野の精サティロスや好色な牧人の神パンが、ヤギの下半身と角(つの)をもつものとして表現された。パンに相当するローマの古い森の神ファウヌスも、ヤギの形象と結び付いている。北欧の森の神レシもヤギの角と耳、足をもつが、この神はさらに穀物の成長とともに身の丈を変える穀物神とも考えられていた。しかし、キリスト教の世界観のなかではヤギは野性の象徴として悪魔の属性を担い、魔女の集会サバトを主宰する悪魔はしばしばヤギの姿で表された。また古代ギリシア、およびとりわけ古代のユダヤ教においては、ヤギは代表的な供犠獣であった。ユダヤ教の儀礼では、すべての罪をヤギに科して荒野に放逐するという方法があり、ここから「贖罪の山羊(しょくざいのやぎ)」(スケープゴート)という表現も生まれた。

[渡辺公三]

『加茂儀一著『家畜文化史』(1973・法政大学出版局)』『万田正治著『ヤギ――取り入れ方と飼い方・乳肉毛皮の利用と除草の効果』(2000・農山漁村文化協会)』『平川宗隆著『沖縄のヤギ「ヒージャー」文化誌――歴史・文化・飼育状況から料理店まで』(2003・ボーダーインク)』

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