改訂新版 世界大百科事典 「カシミア織」の意味・わかりやすい解説
カシミア織 (カシミアおり)
インドのカシミール地方でヤギの毛を紡いでつくられた最高級の毛織物。カシミヤともいう。カシミア・ショールの名で世界に名高く,もともと王侯貴族の衣料,ショールとして用いられていた。文様はほとんどがインド松,あるいはペーズリーと呼ばれるアーモンド形の花文様,またペーズリーを唐草風にアレンジしたものを主としている。カシミア織には,文様を織りだした〈織(おり)カシミア〉と,ししゅうした〈繡(ぬい)カシミア〉とがある。〈織カシミア〉はいわゆるカシミア綾(経緯(たてよこ)3枚の正斜文)の地に,多色の緯糸で経糸を縫うようにして文様を織りだした精緻な綴技法による織物である。緯糸は堅いカシの木でつくったいくつもの細い針に巻きつけて用いられる。さらに〈縫合せカシミア〉といって,文様の各部分を別々に織り,それを縫い合わせて1枚に仕立てたものがあるが,これは精巧なものほど縫い合わされる裂数が多く,なかには100片をこえるものもある。できあがりは各パートごとに地色が異なるなど縫合せの特色が十分に生かされている。〈繡カシミア〉はやはりカシミア綾,あるいは経二重の綾地にししゅうしたものであるが,上質のものは両面に色変りのししゅうを施したり,まれには〈織カシミア〉の裏面をそっくりししゅうで埋め,表は織,裏はししゅうといったものもつくられている。カシミア・ショールは毛の質が生命で,カシミールではラダック地方のヤギの毛が用いられる。とくにパシュミナpashminaと呼ばれるヤギの,一番柔らかい綿毛(わたげ)を紡いだ糸のものは絹状の光沢があり,最も珍重される。さらに生まれたばかりのヤギの産毛でつくられたカシミア〈シャートゥースshartooth〉はその軽さとしなやかさで絶品とされる。
カシミア・ショールの歴史は明確ではないが,少なくともムガル帝国の17~18世紀にはその頂点にあり,18世紀初期にはイランのケルマーン地方などでほとんどカシミールと同じような技法とデザインのものがつくられるようになる。カシミア・ショールは18世紀以降ヨーロッパ諸国へ輸出され爆発的な人気を呼んだ。19世紀初頭にはイギリスのノリッジ,ペーズリーなどの地でジャカード機によって製織された模倣品が大量に出回るようになった。今日カシミア織に最も多いアーモンド形の文様をさすペーズリーという名称も,イギリスでカシミア織を生産した町の名に由来する。一方カシミール地方においては,19世紀後半には〈織カシミア〉の技術はしだいに衰退し,今日ではほとんどが〈繡カシミア〉になっている。現在スリーナガルからおよそ50km離れたカニ・ハマ村に唯一残っている織カシミアの技術は,かつてのものほど巧緻で優れたものではない。しかし伝統的な綴技法を踏襲している点できわめて貴重である。今日ではチベット,中央アジア,イラン地方に生息するヤギに限らず,カシミア綾の地合いに織られた毛織物をすべてカシミア織と称し,高級服地,マフラーなどに使用している。
執筆者:小笠原 小枝
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