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ヤマギシ会 やまぎしかい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヤマギシ会
やまぎしかい

山岸巳代蔵(みよぞう)(1901―61)の創始による、無所有・共用・共活を行動原理とする日本最大のコミューン運動。「自然と人為、即(すなわ)ち天・地・人の調和をはかり、豊富な物資と、健康と、親愛の情に充(み)つる、安定した、快適な社会を、人類にもたらすこと」を趣旨とし、正式名称は幸福会ヤマギシ会で、農事組合法人の形をとっている。集団農場の「実顕地」は三重県津市(豊里(とよさと)実顕地)、三重県伊賀市(春日山(かすがやま)実顕地)、秋田県横手市雄物川(おものがわ)町(雄物川実顕地)、三重県四日市市、埼玉県深谷市、広島県三次(みよし)市、熊本県上益城(かみましき)郡甲佐(こうさ)町など、全国に33か所、海外に6か所あり(案内所は東京都新宿区)、全体で約2500人が共同生活を営んでいる(2007年現在)。
 ヤマギシ会は、1953年(昭和28)に山岸巳代蔵の提唱する理念「自然と人為の調和を基調とした理想社会」の実践母体として「山岸会」として発足(1995年に現名称に変更)。1958年に共同生活を開始。全国学園闘争直後の1970年代初頭における対抗文化(カウンター・カルチャー)やコミューン志向のなかで参加者が増えたともいわれている。その後、生産物を一般消費者に供給し始め、1980年代には百貨店や大手スーパーなどに店舗をもつまでに成長した。また、教育や子育てに関しても提言を行うようになり、ヤマギシズム学園幼年部から大学部までが発足(いずれも非学校法人)。おりからの教育現場の荒廃を反映して、親は参画せず子供だけを学園に入れるケースが目だつようになった。
 その後、1990年代後半より入会・脱会時の個人の財産の取り扱い問題、入会資格である7泊8日の特別講習研鑽(けんさん)会のあり方、全寮制を貫徹させるヤマギシズム学園の教育の独自な子供観、生産物に関する消費者との見解の相違などの問題がクローズアップされ、ヤマギシ会に対する批判が強まった。そして1998年(平成10)になって、ヤマギシ会が私立小中学校の学校法人の設立認可を三重県に打診したことが、ヤマギシ会に対する支持か批判かをめぐっての1年以上にわたる論争へと発展した。
 このようななか、日本弁護士連合会が人権侵害行為があると認定したうえで、体罰などをただちに改めるように求める勧告書をヤマギシ会に提出。また三重県の会員子弟に対するアンケートによって、ヤマギシ会内での児童虐待・体罰や長短期学校欠席などが指摘された。一方、ヤマギシ会はヤマギシズム学園の卒業生と在校生の手記や保護者の見解書を県に提出したが、1999年6月「社会的認知が得られなかったため」として学校法人設立申請を取り下げた。
 こうした過程で、ヤマギシ会内部では生活環境の見直しが続けられている。ヤマギシ会の内容を世間にアピールするミュージカルや参加体験型イベントの中止、百貨店内の店舗の閉店、2000年には初等部の入学停止などを行った。また、自然と一体の循環共生の社会づくりを提唱し、循環型社会のモデルの実現を目ざしつつも、2000年以降は共同生活という形態は縮小の方向で検討が進んでいる。[弓山達也]
『弓山達也著「マスコミ報道にみるヤマギシ会」(『ラーク便り』8・9・11号所収、2000~2001・宗教情報リサーチセンター)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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