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ラシーヌ ラシーヌ Racine, Jean

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラシーヌ
ラシーヌ
Racine, Jean

[生]1639.12. ラフェルテミロン
[没]1699.4.21. パリ
フランスの劇作家。 P.コルネイユモリエールと並ぶ古典主義演劇の巨匠。ジャンセニズムの牙城ポール=ロワイヤル修道院ですぐれた古典的教養を身につけたのち,人間心理の探究,特に恋愛感情の分析に力点をおいた情熱の悲劇を格調高い韻文で著わした。

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ラシーヌ
ラシーヌ
Lachine

カナダ,ケベック州南部の都市。モントリオール南西 16km,セントローレンス川のつくるセントルイス湖に面する。もとの集落は,現在のラサールにあったが,20世紀初めに西に移動したもの。鋳造,タイヤ,針金,タイルを生産。

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デジタル大辞泉の解説

ラシーヌ(Jean Racine)

[1639~1699]フランスの劇作家。三一致(さんいっち)の法則に立つ厳格な構成、洗練された韻文、巧みな心理分析などによって、フランス古典悲劇を完成した。作「アンドロマック」「ブリタニキュス」「ベレニス」「フェードル」など。

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百科事典マイペディアの解説

ラシーヌ

フランスの劇作家,詩人。4歳で孤児になる。ポールロアイヤル修道院(ポール・ロアイヤル運動)でジャンセニストジャンセニスム)から教育を受け,古典に親しむ。1659年パリに出て哲学を学びつつ詩作を始める。
→関連項目オーリック宮廷文学コルネイユ三統一スタンダールボアロールイ[14世]

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世界大百科事典 第2版の解説

ラシーヌ【Jean Racine】

1639‐99
17世紀フランス古典主義を代表する詩人,劇作家。北フランス,ラ・フェルテ・ミロンの収税官の家に生まれ,2歳のときに母を,4歳のときに父を失う。母方の祖母マリーデムーランに引き取られ,その家系がジャンセニスム修道院ポール・ロアイヤル(ポール・ロアイヤル運動)と深い関係があったため,少年期にはこの修道院の学寮で教育を受けた。〈救霊預定説〉に基づく過激な信仰の持主たるポール・ロアイヤルの〈隠士(ソリテール)〉とその信仰は,しばしば弾圧の対象となったが,その教育は同時代のイエズス会学寮の教育と異なり,フランス語を重視し,古典教育ラテン語に限らず,ギリシア語ギリシア文学を重んじた。

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大辞林 第三版の解説

ラシーヌ【Jean Racine】

1639~1699) フランスの劇作家。フランス古典劇を代表する一人。宿命的な情念に翻弄される女性の心理を的確に描き、韻文の美しさでも最も完成された悲劇を残した。戯曲「アンドロマック」「ブリタニキュス」「ベレニス」「フェードル」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラシーヌ
らしーぬ
Jean Racine
(1639―1699)

フランス古典悲劇を完成した天才。東部フランスの小村ラ・フェルテ・ミロンで12月29日受洗、塩税官の息子として生まれる。幼時父母を失い、無一文祖父母に養育された。この境遇のため出世欲が強い。誕生の前年ポール・ロアイヤルの尼僧院を拠点とするキリスト教の一派ジャンセニスム(悲観的宿命論のため異端視された)が弾圧され、父の従兄弟(いとこ)の師で、同派の隠者らが村へ逃れてきた。その縁で、叔母が尼僧になり、1649年祖母も同地に隠棲(いんせい)、孤児のラシーヌは隠者が営む小学院に無償入学し教育され、彼の信仰と芸術に宿命感が刻まれる基となった。53年他の学院へ送られ上級に進み、55年隠者のもとへ戻り、ルメートルAntoine Lemaistre(1608―58)についてギリシアを主とする古典文学を研究、後の取材源となる教養を積み、文学志望を固めた。[岩瀬 孝]

初期の活動

1658年パリで普通教育を修了、親類の縁故で大貴族邸の雑務に従事、文壇に出入りして、ラ・フォンテーヌを知る。60年から61年に書いた2編の悲劇は未上演で、原稿は散逸。ルイ14世の婚礼を祝う長詩で、文壇の長老シャプランに知られる。僧侶(そうりょ)の職禄(しょくろく)を得るため伯父が司教総代理を務める南仏ユゼスに行くが、1件の訴訟が長引き、詩作読書の生活に倦(う)み、63年パリに戻り、『詩神の盛名』などの詩で年金下賜作家表の末席に入る。64年友人モリエールが、ラシーヌの最初の悲劇『ラ・テバイッド』を上演、これは王子兄弟の権力闘争により一族が滅びる悲劇で、暗さと先輩コルネイユの模倣臭とで不評。翌年末、征服者と抵抗者各自の恋を重点とした『アレクサンドル大王』を準備中、モリエール一座が悲劇に不向きと考え、ブルゴーニュ座Htel de Bourgogneに上演させ、モリエール一座の美人女優ラ・デュ・パルクLa du Parc(1633―68)を愛人として引き抜き主演させるという背信を犯した。それにより友交を失うが、作品は歓迎された。66~67年隠者ニコルPierre Nicole(1635―95)が劇作家を非難したのに反発し、恩師らとも決裂する。[岩瀬 孝]

成功と栄光

1667年、トロヤの英雄の未亡人の悲運を描く5幕悲劇『アンドロマック』は、内容に応じた屈折をもつ自然で優美な韻文で、宿命的情念による破滅への進行を内面から描くという新風で大成功した。女優ラ・デュ・パルクの変死後は名女優ラ・シャンメーレLa Champmesl(1642―89)を愛人とし、以後の全作品に主演させる。68年喜劇『訴訟狂』ののち、若き日の暴君ネロと母后の権力闘争を描く『ブリタニキュス』(1670)で政治劇を試み、素材と構成の簡素化に前進した(以上はブルゴーニュ座初演)。70年ラシーヌはローマ皇帝と異国の女王との悲恋という同一主題でコルネイユと競作して勝った『ベレニス』(宮廷初演)で、簡潔な筋立てと宿命感の総合を果たし、ルイ14世の寵(ちょう)を得て下賜金が年々増大する。73年、東方の王父子の反ローマ闘争に恋を絡めた『ミトリダート』が好評。その年アカデミー会員に選ばれる。74年の『イフィジェニー』(宮廷初演)は、ギリシアの遠征軍の陣中で神託の犠牲に指名された王女をめぐり王と勇士が対立する物語で、韻文の諧調(かいちょう)は絶頂に達して成功したが、彼の敵対派も増えた。77年の傑作『フェードル』は、前妻の息子への邪恋に苦しむ王妃を主人公とした悲劇で、反対派の謀略により二流詩人と競作となり不入りに終わった。以後、劇作をやめ旧家の娘カトリーヌ・ド・ロマネCatherine de Romanetと結婚、2男5女をもうける。また王の任命した修史官の職に励み、各地に王と同行する。79年ポール・ロアイヤルへ叔母を訪ねて同派と和解。以後94年、禁圧派の中心パリ大司教に面会して取りなすなどその擁護に努める。[岩瀬 孝]

晩年

1688年、事実上の王妃マントノン夫人の求めで、その主宰するサン・シール女学院の生徒用に、『旧約聖書』に取材した合唱付き3幕悲劇『エステル』を書き、御前上演は好評を博した。91年同じく『アタリー』を御前上演。94年『聖歌』を作詞。94~99年の間に『ポール・ロアイヤル史要』(没後刊1742)を執筆。98年ごろ王の寵が彼から離れ、99年4月21日、パリで肝臓病のため死亡。遺言によってポール・ロアイヤルに埋葬されたが、1711年、パリのサンテティエンヌ教会に改葬された。[岩瀬 孝]
『伊吹武彦・佐藤朔編訳『ラシーヌ戯曲全集』全2巻(1965・人文書院) ▽鈴木力衛編訳『ラシーヌ』(『世界古典文学大系 第48巻』1965・筑摩書房) ▽渡辺守章訳編『ブリタニキュス他3篇』(『ラシーヌ戯曲全集 第2巻』1979・白水社) ▽ジロドウ著、岩瀬孝訳『ラシーヌ論』(鈴木力衛・内村直也訳編『ジロドウ研究』所収・1957・白水社) ▽戸張智雄著『ラシーヌとギリシャ悲劇』(1967・東京大学出版会) ▽スタロバンスキー著、大浜甫訳『活きた眼』(『ラシーヌと視線の美学』所収・1971・理想社) ▽ゴルドマン著、山形頼洋・名田丈夫訳『隠れたる神 第4部』(『ラシーヌ』所収・1973・社会思想社) ▽ニデール著、今野一雄訳『ラシーヌと古典悲劇』(白水社・文庫クセジュ)』

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世界大百科事典内のラシーヌの言及

【アタリー】より

…フランスの劇作家ラシーヌの最後の劇作,韻文五幕,合唱入り悲劇。1691年作。…

【アンドロマック】より

…フランスの劇作家ラシーヌの五幕韻文悲劇。1667年11月,ブルゴーニュ座初演。…

【古典主義】より

…喜劇はアリストテレスの《詩学》に欠損していることもあって,悲劇よりは自由であったが,規則議論が劇文学の質を急激に高めていく動きの中で,とくにモリエールによって悲劇に拮抗し得る優れた文学ジャンルとなる。こうして1664年にラシーヌが《ラ・テバイッド》で劇壇に登場するときには,すでに悲劇を代表とする劇文学の分野では,のちに古典主義美学と称せられるものの公準と規則はほぼ確立していたが,ラシーヌはそれを自由な発想に対する桎梏(しつこく)とは受けとらず,それを自由に駆使したばかりか,ときにはそれを逆手にとって,ラシーヌ固有の見事な悲劇的世界を構築した。1674年のN.ボアローの《詩法》は,そのような半世紀にわたる詩人,作家たちの実践を整理して,一つの美的公準の言説を作ったものであり,後代に対して古典主義美学の要約として果たした役割は大きい。…

【詩劇】より

…詩的高揚のみならず,きわめて論理的・散文的思考の表現にも適したこの詩形を,彼は完璧に使いこなした。同時代スペインのローペ・デ・ベガやカルデロン・デ・ラ・バルカ,ルイ14世時代,いわゆる〈古典主義〉の時代のP.コルネイユやJ.ラシーヌも,輝かしい詩劇を作った。この黄金時代のあと衰微した詩劇の復興を図ったのはロマン派詩人たちだった。…

【詩法】より

…1行の詩句でも,例えばフランス詩でいちばん長いアレクサンドラン(12音節)では,息の切れ目(=意味の切れ目)が6音節の終り(句切り)にあり,古典詩では必ず守られねばならなかった。その6音節(半句)の中で多様なリズムを駆使して名声を得たのはラシーヌであり,またユゴーらロマン派はこの句切りにこだわらないことを主張した。 詩の歴史における変革はつねに詩法の変革を伴ったもので,ロマン派以降,西欧の詩では,また新体詩以後の日本の詩でも,詩型の拘束を逃れ,さまざまな韻律を試みたあと,自由詩へと動いていく。…

【フェードル】より

…フランスの劇作家J.ラシーヌの第10作,5幕の韻文悲劇。1677年1月,ブルゴーニュ座初演。…

【フランス演劇】より

…中世から現代に至るフランス演劇の大きな特徴は,(1)歴史的には,17世紀に起こった一連の変化・断絶を軸として,それ以前とそれ以後に大別され,17世紀以降の演劇の多くのものが,劇場における上演という形にせよ,劇文学の読書という形にせよ,今日まで一応は連続して共有されてきたのに対し,17世紀以前の演劇は,少数の例外を除いて,演劇史あるいは文学史の〈知識〉にとどまること,(2)構造的には,17世紀に舞台芸術諸ジャンルの枠組み(〈言葉の演劇〉,オペラ,バレエ等)が成立し,国庫補助を含むその制度化(王立音楽アカデミーは1669年,コメディ・フランセーズは1680年に開設された)が進むと,演劇活動のパリの劇場への集中化が行われ,演劇表現内部における〈言葉の演劇〉の優位とそれに伴う文学戯曲重視の伝統が確立したことである。特に最後の点は,コルネイユ,モリエール,ラシーヌに代表される劇文学が,一般に諸芸術の内部で規範と見なされるに至ったことと相まって,以後300年のフランス演劇とフランス文化に決定的な役割を果たした。
【中世――宗教劇と世俗劇】
 中世フランスは,ヨーロッパの中でも,宗教劇・世俗劇ともに隆盛を見た地域だった。…

【ブリタニキュス】より

…フランスの劇作家J.ラシーヌの第5作。5幕の韻文悲劇。…

【ポール・ロアイヤル運動】より

…サン・シランを師と仰ぎ,その弟子A.アルノーを理論的指導者とするポール・ロアイヤルはカトリック宗教改革運動の一翼を担うが,他方ジャンセニスムの本拠地とみなされ,教権,俗権の双方から数々の弾圧を受け,1709年修道院は閉鎖され,運動は終りをつげた。しかしその間,ポール・ロアイヤルはその運動の担い手と関係者の中から,アルノー,パスカル,P.ニコル,ラシーヌといった著名な思想家,文学者を輩出し,フランス古典期の文化に大きく貢献した。また付属学校は教育史上名高く,そこでの教育経験から生まれたいわゆるポール・ロアイヤルの《論理学》と《文法》は近年注目を集めている。…

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