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ラス・カサス Las Casas, Bartolomé de

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラス・カサス
Las Casas, Bartolomé de

[生]1474. セビリア
[没]1566.7.31. マドリード
スペインの聖職者。セビリアで学び,1502年ヒスパニオラ島におもむき,インディオのキリスト教化に従事。 12年司祭。インディオに対するスペインの政策改善を求めて数回にわたって中南米とスペインとの間を往復し,インディオに対する保護と布教に努めた。 19年,国王カルロス5世の承認で「自由インディオの町」建設を進めたが失敗に終り,23年ドミニコ会に入会,著作に専念した。 43年メキシコのチャパスの司教に任じられて渡航,インディオ保護の法律を厳格に守らせようとしたが,植民者の反発で挫折し,47年スペインへ帰った。主著『インディオ史』 Historia de las Indias。

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百科事典マイペディアの解説

ラス・カサス

スペインの聖職者。1502年伝道士としてカリブ海のイスパニオラ島に渡るが,1514年インディオに加えられている不正に気づいて回心。さらに1524年ドミニコ会修道士となり,瞑想と研究生活を送る。
→関連項目インディヘニスモ解放の神学

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラス・カサス
らすかさす
Bartolom de Las Casas
(1474―1566)

スペインの「新大陸」征服にあたって、先住民インディオの奴隷化に反対し、その権利擁護に献身した修道士。セビーリャの商人の子に生まれ、1502年のイスパニョーラ島遠征に参加した。13年には従軍司祭としてキューバ征服に参加、エンコミエンダ(先住民統治使役権)を与えられた。しかし、スペイン人による先住民酷使の惨状を目にして15年帰国、国王にインディオ救済を訴えた。20~22年にはベネズエラに酷使なき理想植民地の建設を試みたが失敗、ドミニコ会修道院に入り、27年から『インディアス史』などの執筆に取り組んだ。
 1531年ごろから実践活動も再開、34~40年に中央アメリカ地域に平和的教化植民地を建設したのち、40年に帰国した。42年には新大陸におけるスペイン人の悪業の数々を告発した報告書を国王カルロス1世(カール5世)に提出し、ついに同年末、エンコミエンダ制の漸次廃止や先住民の奴隷化禁止などを明記した「新法」制定に成功した。44年メキシコ南部のチアパス地方の司教に任命されたが、植民地スペイン人の猛反対を受けた国王が「新法」の骨抜きを宣言したので、47年帰国し、以後本国でインディオの自由擁護に努めた。彼のスペイン人批判は反スペイン・反カトリック勢力にも利用され、いわゆる「黒い伝説」の根拠とされた。[野田 隆]
『B・ラス・カサス著、染田秀藤訳『インディアスの破壊についての簡潔な報告』(岩波文庫) ▽B・ラス・カサス著、石原保徳訳『インディアス破壊を弾劾する簡略なる陳述』(1987・現代企画室)』

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