コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ラス・カサス ラス・カサス Las Casas, Bartolomé de

3件 の用語解説(ラス・カサスの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラス・カサス
ラス・カサス
Las Casas, Bartolomé de

[生]1474. セビリア
[没]1566.7.31. マドリード
スペインの聖職者。セビリアで学び,1502年ヒスパニオラ島におもむき,インディオキリスト教化に従事。 12年司祭。インディオに対するスペインの政策改善を求めて数回にわたって中南米とスペインとの間を往復し,インディオに対する保護と布教に努めた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ラス・カサス

スペインの聖職者。1502年伝道士としてカリブ海のイスパニオラ島に渡るが,1514年インディオに加えられている不正に気づいて回心。さらに1524年ドミニコ会修道士となり,瞑想と研究生活を送る。
→関連項目インディヘニスモ解放の神学

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラス・カサス
らすかさす
Bartolom de Las Casas
(1474―1566)

スペインの「新大陸」征服にあたって、先住民インディオの奴隷化に反対し、その権利擁護に献身した修道士。セビーリャの商人の子に生まれ、1502年のイスパニョーラ島遠征に参加した。13年には従軍司祭としてキューバ征服に参加、エンコミエンダ(先住民統治使役権)を与えられた。しかし、スペイン人による先住民酷使の惨状を目にして15年帰国、国王にインディオ救済を訴えた。20~22年にはベネズエラに酷使なき理想植民地の建設を試みたが失敗、ドミニコ会修道院に入り、27年から『インディアス史』などの執筆に取り組んだ。
 1531年ごろから実践活動も再開、34~40年に中央アメリカ地域に平和的教化植民地を建設したのち、40年に帰国した。42年には新大陸におけるスペイン人の悪業の数々を告発した報告書を国王カルロス1世(カール5世)に提出し、ついに同年末、エンコミエンダ制の漸次廃止や先住民の奴隷化禁止などを明記した「新法」制定に成功した。44年メキシコ南部のチアパス地方の司教に任命されたが、植民地スペイン人の猛反対を受けた国王が「新法」の骨抜きを宣言したので、47年帰国し、以後本国でインディオの自由擁護に努めた。彼のスペイン人批判は反スペイン・反カトリック勢力にも利用され、いわゆる「黒い伝説」の根拠とされた。[野田 隆]
『B・ラス・カサス著、染田秀藤訳『インディアスの破壊についての簡潔な報告』(岩波文庫) ▽B・ラス・カサス著、石原保徳訳『インディアス破壊を弾劾する簡略なる陳述』(1987・現代企画室)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ラス・カサスの関連キーワードシビリアンセビリアセビリアの理髪師せびり取るセビージャセビーリャせび・るセビリアのアルカサルセビリャ王国セビリャ派

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ラス・カサスの関連情報