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ラフィット ラフィット Laffitte, Jacques

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラフィット
ラフィット
Laffitte, Jacques

[生]1767.10.24. バイヨンヌ
[没]1844.5.26. パリ
フランスの銀行家,政治家。大工の子に生れ,1788年パリに出て有力なスイスの銀行家 J.ペレゴーの簿記係となり,1804年頭取,次いでフランス銀行の理事を経て 14~19年総裁。 16年パリ選出の国会議員となり,七月革命の際にはみずからの邸宅を蜂起画策の場に提供し,O.バローらと漸進的な議会改革を目指す運動党を結成した。

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ラフィット
ラフィット
Laffitte, Pierre

[生]1823.2.21. ジロンド,ベゲイ
[没]1903.1.4. パリ
フランスの実証主義哲学者。 1844年 A.コントと知合い,その最も忠実な弟子となった。 57年実証主義委員会会長,78年『西欧雑誌』 La Revue occidentale創刊。 92年よりコレージュ・ド・フランスの一般科学史教授。

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世界大百科事典 第2版の解説

ラフィット【Jacques Laffitte】

1767‐1844
フランスの銀行家,政治家。大工の家に生まれ,銀行家として成功し,1814‐19年にはフランス銀行総裁を務めた。30年の恐慌で資産の大半を失い,37年に割引金庫と呼ばれる,産業にたいする投資金融をも営む新しいタイプの銀行を創設した。政治家としては,1816年に下院議員に選出され,自由派の議員として活躍した。30年の七月革命ではルイ・フィリップの擁立に重要な役割を果たし,その直後に一時首相を務めた。【権上 康男】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラフィット
らふぃっと
Jacques Laffitte
(1767―1844)

フランスの銀行家、政治家。南仏バイヨンヌの大工の子に生まれる。パリに出て銀行業で急速に富を積み、1809年フランス銀行理事、1814~1819年にはその総裁を務めた。この間、1816年に下院議員となり、1820年代には自由主義的左派のリーダーとして政府の反動化政策に抵抗した。1830年の七月革命に際しては、共和国の出現を阻止するためオルレアン公ルイ・フィリップによる七月王政の樹立に中心的役割を果たした。1830年11月首相となり、自由主義的改革を推進しようとしたが、財政難の打開、社会的騒乱の収拾などの難問を解決できず、1831年3月に辞任。以後保守派の支配が続くなかで反政府の立場をとり続けた。彼はまたフランスの信用制度の整備にも熱意を示し、1837年「商工業一般金庫」を開設。手形割引のほかに長期の産業信用や発起業務をも営むこの銀行は、第二帝政期に発展をみる新しいタイプの銀行の先駆となった。[服部春彦]

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