ラベリング論(読み)らべりんぐろん(その他表記)labeling theory

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラベリング論」の意味・わかりやすい解説

ラベリング論
らべりんぐろん
labeling theory

社会の側が特定の行為を逸脱と判定し、その行為をする者を「逸脱者」とみなすことで、逸脱者が生みだされると考える社会学の理論視座。社会的反作用論やレイベリング論ともいう。

 犯罪非行は、時代や地域によって逸脱行為とはみなされないことがある。たとえば、戦時中に戦地敵兵を殺しても犯罪ではないが、平時であれば殺人は犯罪となる。このように、殺人を逸脱行為と判定し、殺人者を逸脱者とみなす社会において、殺人は犯罪になる。

 ラベリング論はフランスの社会学者のデュルケームやオーストリア系アメリカ人の歴史学者タンネンバウムFrank Tannenbaum(1893―1969)など、多くの研究者が着想していたが、1950年代にアメリカの社会学者のレマートEdwin Lemert(1912―1996)が基礎を築いた。そして、1960年代に社会学者のベッカーHoward Saul Becker(1928―2023)が大きく発展させた。

 ベッカーは「逸脱者」というラベル烙印(らくいん)、レッテル)を貼(は)る人や団体を道徳事業家moral entrepreneursとよび、ダンス・ミュージシャンやマリファナ使用者の調査を通じて、彼らが社会改良運動家や司法機関などの道徳事業家によって逸脱者にされていく過程を明らかにした。そして、ひとたび逸脱者のラベルが貼られると、逸脱者としての処遇が付きまとうことになり、逸脱行為は増幅されていく。従来の多くの理論が逸脱の「行為」や逸脱者という「人物」に着目していたのに対して、ラベリング論は道徳事業家によって逸脱者ラベルが貼られる「過程」に着目していることから、理論的視座に大きな転換をもたらした。一方で、ラベリング論は社会改良運動や司法の正当性を揺るがせる、個人間の相互行為(かかわり合い)を重要視しすぎている、といった批判もある。

[田中智仁]

『徳岡秀雄著『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(1987・東京大学出版会)』『宝月誠著『逸脱論の研究――レイベリング論から社会的相互作用論へ』(1990・恒星社厚生閣)』『H・S・ベッカー著、村上直之訳『完訳アウトサイダーズ――ラベリング理論再考』(2011・現代人文社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラベリング論」の意味・わかりやすい解説

ラベリング論
ラベリングろん
labelling theory

犯罪学の新しい理論の一つ。犯罪などの逸脱行動そのものよりも,それに対する社会の側の反作用のもつ機能に注目することにより犯罪学に大きな転換をもたらした。従来の犯罪学が犯罪および犯罪者の異質性ないし病理性を前提としていたのに対し,ラベリング論は,犯罪および犯罪者はノーマルな存在であり,むしろ社会によるラベリング (レッテルはり) こそが犯罪を生み出すとする。すなわち,犯罪は日常的,普遍的に存在し,そのごく一部が捜査機関によって「犯罪」として認知されるにすぎず,その残りは暗数となっていることに注目し,従来のように犯罪そのものの原因を究明することよりも,なぜ特定の行為のみが犯罪として認知されラベルをはられることになるのかというラベリングの原因とメカニズムを究明することの重要性を強調する。ラベリング論は,犯罪学の研究対象を,被害者など私的な犯罪対応者および公的な犯罪統制機関にまで拡大した。

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