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リエカ リエカ Rijeka

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リエカ
リエカ
Rijeka

イタリア語ではフューメ Fiumeクロアチア西部の港湾都市アドリア海北東岸のクバルネル湾奥に位置し,旧市街は崖の上に,新市街は海岸線と崖下の間に狭く広がっている。第1次世界大戦までオーストリアハンガリー帝国領。

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デジタル大辞泉の解説

リエカ(Rijeka)

クロアチア共和国北西部、アドリア海に面する港湾都市。造船が盛ん。第一次大戦後イタリア領、1945年からユーゴスラビア領となっていた。イタリア語フィウメ

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百科事典マイペディアの解説

リエカ

クロアチア北西部,アドリア海のクバルネル湾岸の港市。東部のスシャクとあわせてリエカ・スシャクとも呼ばれる。イタリア領時代はフィウメFiumeと呼ばれた。同国最大の貿易港で,造船,製油,製紙,食品加工などの工業が行われる
→関連項目ラパロ条約

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世界大百科事典 第2版の解説

リエカ【Rijeka】

クロアチア北西部の都市。人口16万8000(1991)。イタリア名フィウメFiume。アドリア海のクバルネル湾北部のリエカ湾北端にあるこの国最大の海港。先住者はイリュリア人ケルト人で,ローマ時代はタルサティクムTarsaticumとして栄えた。7世紀クロアチア人が住みつき,〈川〉を意味する現在の名を得た。15世紀オーストリアの支配下に入り,1717年自由港と宣言されたが,1867年オーストリアとハンガリー間のアウスグライヒ(妥協)によって直接ハンガリーが管理することになった。

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大辞林 第三版の解説

リエカ【Rijeka】

クロアチア北西部、アドリア海に面する港湾都市。造船・石油精製などの工業が発達。イタリア名、フィウメ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

リエカ
りえか
Rijeka

クロアチア共和国西部の港湾都市。イタリア語名フィウーメFiume。人口14万4043(2001)。アドリア海北部のリエカ湾岸、レツィナReina川河口部に位置する。名称はこの川に由来する。クロアチア最大の港湾都市で、造船業とその関連産業が主産業。ほかに石油化学、木材加工、食品などの工場がある。歴史上、オーストリア・ハンガリー帝国の重要な中継港の役割を果たしてきたが、第一次世界大戦後イタリアとユーゴスラビア王国との間で「フィウーメ問題」としてその帰属が争われた。第二次世界大戦後の1947年、レツィナ川左岸のスシャクSuakを合併して複合港湾都市となった。リエカ大学、高等商船学校、商科大学、海洋研究所、博物館がある。付近の海岸では、背後の石灰岩台地を流下してきた地下水が、海底でいくつもの淡水泉として湧出(ゆうしゅつ)している。神奈川県川崎市と姉妹都市。[漆原和子]

歴史

ローマ時代からアドリア海の重要な港町であった。7世紀にクロアチア人が定住した。一時、クロアチア王国が支配するが、12世紀からはハンガリー王国、ついでベネチアの統治下に置かれた。1467年以後ハプスブルク帝国の領土に組み込まれたが、1717年に自由港を宣言。1867年オーストリアとハンガリー間にアウスグライヒ(和協)が成立すると、海港を望んでいたハンガリーの直接支配下に置かれた。第一次世界大戦後、ロンドン秘密条約を盾にとりイタリアが進攻。1919年には詩人ダンヌンツィオが指揮してイタリアが占領した。1920年11月のラパロ条約で占領が承認され、1924年のイタリア・ユーゴスラビア間のローマ協定により確認された。第二次世界大戦終結間近の1945年5月、ユーゴスラビア人民解放軍が解放。戦後は旧ユーゴスラビア領となったが、1991年、クロアチアが独立し、リエカはクロアチア領となった。[柴 宜弘]

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世界大百科事典内のリエカの言及

【フィウメ占領】より

…第1次大戦後,フィウメFiume(ユーゴスラビアの都市リエカのイタリア名)の併合を求めるイタリアの主張に発して,ダンヌンツィオの率いる義勇軍が同市を1年余にわたって占領した事件。フィウメはアドリア海の港市でハンガリーの支配下にあったが,戦後の1918年11月に連合国軍隊の共同管理下に置かれた。…

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