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リッチモンド Richmond

翻訳|Richmond

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リッチモンド
Richmond

アメリカ合衆国,インディアナ州中東部にある都市。 1806年奴隷制度に反対するクェーカー教徒 (フレンド派) によって創設された。 40年市制。クェーカー派の中心地で,アールハム大学 (1847創立) がある。早くから工業が発達し,現在は金属・機械工業が盛んである。人口3万 8705 (1990) 。

リッチモンド
Richmond

アメリカ合衆国,カリフォルニア州港市サンフランシスコ湾の北東岸に位置し,1900年サンタフェ鉄道の終着駅となり,サンフランシスコとの間にフェリーが通じた。石油精製,鉄道車両,食品加工などの工業が発達。太平洋岸における重要港湾の1つ。人口8万 7425 (1990) 。

リッチモンド
Richmond

アメリカ合衆国,ケンタッキー州中東部の都市。レキシントン=フェーエットの南南東 39km,カンバーランド山麓の旧ワイルダネス街道に沿う。 1784年入植。南北戦争のときは両軍の争奪の目標となった。現在はタバコ,家畜,トウモロコシなどの農産物の取引,輸送の中心地で,軽工業がいくらか発達。イースタンケンタッキー大学 (1906創立) の所在地。人口2万 1155 (1990) 。

リッチモンド
Richmond

アメリカ合衆国,バージニア州州都ワシントン D.C.の南方 160km,ジェームズ川が滝をなす付近に立地し,温暖な気候に恵まれている。かつての通商居留地を起源とし,早くからバージニアタバコの集散地として栄え,インディアンとの攻防の歴史を経て 1780年州都となった。南北戦争時代は南部の首都として北軍の重要軍事目標とされた。 1930年代の不況に耐え,第2次世界大戦の勃発で産業は躍進した。史跡に富み,G.ワシントンの彫像のある議事堂やアメリカ独立戦争の際の P.ヘンリーが「自由か死か」の演説を行なったセント・ジョン教会も現存する。近郊にリッチモンド国立戦場公園がある。商都として広範囲の商圏を誇り,工業もたばこ,薬品,織物などをはじめとして多種に及ぶ。またリッチモンド大学,バージニア美術館,バージニア州立図書館など教育施設も完備している。ロバート・リー邸,エドガー・ポー記念館などがある。人口 20万4214(2010)。

リッチモンド
Richmond

オーストラリア,ニューサウスウェールズ州東部,シドニーの北西 46kmにある都市。長い歴史をもち,野菜など園芸農業で発達。シドニーへの通勤者も増加。ウィンザーの町と一体化している。人口1万 7088 (1986) 。

リッチモンド
Richmond

オーストラリア,タスマニア州南東部の町。ピットウォーター潟湖の湖頭に位置し,コール川にのぞむ。 1815年タスマニアで最初の製粉所が建設されたところで,23年コール川に橋がかけられ,26km南西にあるホバートおよびタスマン半島への通路が開かれた。 25年町が建設され,30年代はコムギ栽培で繁栄したが,72年ピットウォーター潟湖を横断するバイパスが建設されてからは寂れた。国内最古のローマ・カトリック教会がある。人口 693 (1986) 。

リッチモンド

スタテン島」のページをご覧ください。

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デジタル大辞泉の解説

リッチモンド(Richmond)

米国バージニア州の州都。同州東部、ジェームズ川下流にある河港都市。タバコ製造・化学工業が盛ん。南北戦争中は南部側の首都となった。
オーストラリア、タスマニア州南東部の町。州都ホバートの北東約20キロメートル、コール川沿いに位置する。1820年代に流刑囚によって造られた同国最古の石橋やジョージア様式の建物など、歴史的建造物が数多く残っている。周辺は穀倉地帯、ワイン産地として知られる。
リッチモンドアポンテムズ

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百科事典マイペディアの解説

リッチモンド

米国,バージニア州中東部の州都で商工業都市。アパラチア東麓の滝線都市で,ジェームズ川に臨む。交通の中心。タバコ,繊維,製紙,肥料,機械などの工業が盛んで,金融の中心地でもある。

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世界大百科事典 第2版の解説

リッチモンド【Richmond】

アメリカ合衆国バージニア州中東部の州都で,同州最大の都市。人口20万1000(1994),大都市域人口90万(1992)。ジェームズ川に面し,18世紀以来アパラチア山麓の滝線上の河港都市として発展,1779年にはウィリアムズバーグに代わってバージニア植民地主都となり,独立後そのまま州都となる。19世紀前半はタバコの集散地として発展し,奴隷売買の中心地でもあった。南北戦争中はアメリカ南部連合の首都になったが,激戦のため市街の大半は壊滅した。

リッチモンド【Mary Richmond】

1861‐1928
アメリカの社会事業家で〈ケースワークの母〉とよばれた。ボルティモアの慈善組織化協会に事務員として勤務する中で社会事業に興味をもち,協会が行っていた友愛訪問が,道徳的基準によって対象をふるいわけている方法に疑問を感じ,科学的処遇技術としてのソーシャル・ケースワーク(個別的処遇技術)を体系化した。リッチモンドのケースワーク論は,家庭教師アン・サリバンAnne Sulliven Macyが障害児ヘレン・ケラーに対して行った社会環境を利用して人格の発展を図る教育方法に学んだところから環境決定論的といわれ,心理主義的な立場にたつケースワーク論に対比される。

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大辞林 第三版の解説

リッチモンド【Richmond】

アメリカ合衆国、バージニア州の州都。タバコ産業が発達。南北戦争では南部アメリカ連邦の首都。

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世界大百科事典内のリッチモンドの言及

【ケースワーカー】より

…社会生活上の問題をみずから解決することが困難なために,専門的なサービスを必要としている個人または家族に対して,個別的な援助を与える専門技術がソーシャル・ケースワークsocial caseworkであり,それを行う専門家がケースワーカーである。ケースワークは,第1次大戦後のアメリカにおいて,M.E.リッチモンドによって体系化され,日本には大正末期に紹介された。第2次大戦後の日本ではリッチモンドの社会学的な診断主義ケースワークに加えて,心理学的・精神医学的な機能主義ケースワークが導入され,ケースワークのあり方をめぐる議論が活発化し社会科学の立場からのケースワーク批判もなされている。…

※「リッチモンド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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