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リデル Liddell, Henry George

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リデル
Liddell, Henry George

[生]1811.2.6. ビショップオークランド
[没]1898.1.18. アスコット
イギリスのギリシア語学者。ロバート・スコットと共編の『ギリシア語辞典』A Greek-English Lexicon(1843)は今日も標準的な辞書として尊重されている。なお,ルイス・キャロルが『ふしぎの国のアリス』を書いたのは,このリデルの娘のためであった。

リデル
Ridder, André de

[生]1888
[没]1961
ベルギーの評論家。フランス語で書く。随筆と小説を発表したのち,1914年から評論と美術史の研究に専念。雑誌『選択』 Sélectionを創刊し,画家 J.シャルダン,J.アンソール,G.ミーヌ,A.ロートなどについての研究論文がある。ベルギー王立フランス語文学アカデミー会員。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

リデル Ridel, Félix-Clair

1830-1884 フランスの宣教師。
1830年7月7日生まれ。パリ外国宣教会司祭。1861年朝鮮に潜入天主教(キリスト教)を弾圧した丙寅迫害にあい脱出。弾圧の様子をフランス極東艦隊に知らせる。77年朝鮮に再入国したが追放処分となり,北京をへて来日。横浜で「朝仏辞典」(明治13年),「朝鮮語文法」(14年)を刊行した。1884年6月10日死去。53歳。朝鮮名は李福明。

リデル Riddell, Hannah

1855-1932 イギリスの宣教師,社会事業家。
1855年10月17日生まれ。エダ=ハンナ=ライト叔母。明治24年(1891)イギリス教会宣教会から派遣されて来日。五高教師をかねて熊本に赴任。28年熊本に回春病院創立,同宣教会をやめてハンセン病患者救援活動につとめた。昭和7年2月3日熊本で死去。76歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

リデル

没年:昭和7.2.3(1932)
生年:1855.10.17
明治期に来日した英国教会伝道協会宣教師。インド駐在の陸軍武官のひとり娘として英国に生まれる。明治22(1889)年来日。翌年,第五高等学校の英語教師を兼ね熊本へ赴任。その春,桜の名所本妙寺で物乞いするハンセン病患者に接見,救ライを決意。私財を投じ同28年,熊本に回春病院を創設。宣教師を辞し病院運営に専心。福沢諭吉,渋沢栄一,大隈重信ら政財界人と交渉,同40年にライ予防法の立法化を実現する。青木恵哉を沖縄に派遣し,沖縄救ライ事業の先駆者にした。日本救ライの母と呼ばれた。<参考文献>森幹郎『足跡は消えても』,福田令寿『百年史の証言』,内田守編『ユーカリの実るを待ちて』

(大江満)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

リデル【Félix‐Clair Ridel】

1830‐84
フランスのパリ外国宣教会士。漢名は李福明,李卜明。1859年パリ外国宣教会神学校を卒業。61年朝鮮に潜入し,66年の丙寅教獄に際し天津に脱出してフランス艦隊の出動を求め,同艦隊による同年9月の朝鮮偵察と10月の江華島襲撃(洋擾(ようじよう))を朝鮮人信徒とともに水先案内した。69年司教となり,77年に朝鮮に再入国,翌年1月捕らえられたが,日清両国の働きかけで北京に送還された。その後日本に渡り,《朝仏辞典》(1880),《朝鮮語文法》(1881)を横浜で刊行。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

リデル
りでる
Hannah Riddell
(1855―1932)

イギリス人の女性宣教師で、日本におけるハンセン病(旧称、癩(らい))の患者救済の先駆者。北ロンドンに生まれ、1890年(明治23)イギリス国教会の宣教師として熊本へ赴任。その春、初めてハンセン病の患者を見て、その救済を決意する。1895年熊本市郊外に同病者の収容施設、熊本回春病院(定員80名)を創設。その後宣教師を辞任し、事業に専念。草津や奄美(あまみ)、沖縄方面の患者の救済にあたった。さらに広くこのことの国家的責任を訴え「癩予防法」制定の原動力となった。78歳で熊本で没した。藍綬褒章(らんじゅほうしょう)、勲六等瑞宝章(ずいほうしょう)受章。
 なお彼女の姪(めい)のライトAda Hannah Wright(1870―1950)もロンドンに生まれ、1896年に来日。各地で英語教育や宣教に従事したが、1923年(大正12)以降はリデルの事業を補佐した。リデルの没後、その事業の後継者となったが、国際情勢の緊迫化に伴い、1941年(昭和16)ついに熊本回春病院は解散した。第二次世界大戦中ライトはオーストラリアで過ごしたが、戦後ふたたび来日。同病院跡の住居において80歳で没した。藍綬褒章、勲四等瑞宝章受章。病院跡はリデル・ライト記念老人ホーム(現、リデルライトホーム)とリデル・ライト両女史記念館となり、二人の遺骨は同園内の納骨堂に他の多くの病者とともに眠っている。[秋山範]
『熊本回春病院事務所編『ミス・ハンナ・リデル』(1934・熊本回春病院/複製・1993・リデル・ライト両女史顕彰会) ▽志賀一親著、内田守編『ユーカリの実るを待ちて――リデルとライトの生涯』再版(1990・リデル・ライト記念老人ホーム)』

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