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リプシッツ

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百科事典マイペディアの解説

リプシッツ

リトアニア生れの彫刻家。1909年パリに出,エコール・デ・ボザール(国立美術学校)で学ぶ。一時帰国後,再びパリに出,キュビスムの影響を受けた。初期には対象の幾何学化を試みたが,のちに有機的な形態の抽象的造形に達した。

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世界大百科事典 第2版の解説

リプシッツ【Jacques Lipchitz】

1891‐1973
リトアニア出身のフランスの彫刻家。1909年パリに出,エコール・デ・ボーザール(国立美術学校)などに学ぶ。兵役のためいったん帰国したのち,再びパリへ行き,キュビスムの作家と親交を結ぶ。10年代の半ばから20年代中ごろまでは正面性の強い,平面の組合せを土台とした彫刻をつくり,キュビスム彫刻のひとつのスタイルを確立した。その後は作風を一変し,曲面と量塊性,それにプリミティビスムによって特色づけられ,また神話や聖書からモティーフをとり,宇宙のイメージをも盛りこんだ作品をつくりつづけた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

リプシッツ
りぷしっつ
Jacques Lipchitz
(1891―1973)

リトアニア出身のフランスの彫刻家。ドルスキエンキ生まれ。1909年パリに出て、エコール・デ・ボザールに通い、また彫刻をアカデミージュリアン、素描をアカデミー・コラロッシで学ぶ。13年、メキシコの画家ディエゴ・リベラの紹介でキュビスムの画家たちと知り合い、マックスジャコブモディリアニスーチンピカソらと親交を結ぶ。16年、グリスと出会い、キュビスムだけでなく未来派からの影響も受け、角張った形態を対比、または交錯させて光の明暗を強調し、彫像に量塊をもたせようと試みる(1918年の『ギターを持つ男』、デュースブルク国立美術館)。24年、フランスの市民権を得る。25年から、空中に描かれる線のように、つとめて素材の物質感を排し、自らの感覚的な体験を純粋に表現しようとする『ハープ奏者』(1928)など、「透明」な彫刻の連作が始まる。36~38年、パリ万国博覧会のために『禿鷹(はげたか)を絞め殺すプロメテウス』の巨大な石膏(せっこう)像をフランス政府より委嘱されて制作。これ以後、量塊性(マツス)あふれる造形によって、人間と動物の激情的な生命のドラマを表現した作品が多い。41年アメリカに亡命。62年からは毎夏イタリアのピエトラサンタに滞在し、制作と作品の鋳造に従事した。自叙伝『彫刻の中の自伝』(1972)があり、その刊行にあわせて同じタイトルの展覧会がニューヨーク近代美術館で開かれた。イタリアのカプリに没。[上村清雄]

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