日本大百科全書(ニッポニカ) 「ジャコブ」の意味・わかりやすい解説
ジャコブ(François Jacob)
じゃこぶ
François Jacob
(1920―2013)
フランスの分子遺伝学者。パリ大学で医学を学ぶが、第二次世界大戦中は学業を中断して自由フランス軍に身を投じ、アフリカ、ノルマンディーと転戦した。戦後パリ大学に復学するも、戦傷のため医学を断念して生物学に転じた。大学卒業後、1950年パリのパスツール研究所に入り、ルウォフの助手として、ウォルマンElie L. Wollman(1917―1980)と共同で大腸菌の遺伝学的研究に従事した。のちにJ・L・モノーらとともに、遺伝子によるタンパク質合成の制御機構としてオペロン説を提唱し(1961)、1965年、モノー、ルウォフとともにノーベル医学生理学賞を受賞した(「酵素とウイルスの合成に関する遺伝的制御の研究」)。ほかにメッセンジャーRNA(伝令RNA)の命名、酵素作用のアロステリック効果の研究、染色体複製の調節機構に関するレプリコン説の提唱(1963)など多くの業績がある。パスツール研究所細胞遺伝学部長(1960)、同理事長(1982)を歴任、コレージュ・ド・フランスの教授(1964~1992)にも任じられた。おもな著書には『細菌の性と遺伝』(1961、ウォルマンと共著)、『生命の論理』(1970)、『可能世界と現実世界』(1982)、『ハエ、マウス、ヒト』(1997)などがある。また『内なる肖像』(1987)は前半生の自伝的著作である。
[檜木田辰彦]
『富沢純一・小関治男訳『細菌の性と遺伝』(1963・岩波書店)』▽『島原武・松井喜三訳『生命の論理』(1977・みすず書房)』▽『辻由美訳『内なる肖像――一生物学者のオデュッセイア』(1989・みすず書房)』▽『田村俊秀・安田純一訳『可能世界と現実世界――進化論をめぐって』(1994・みすず書房)』▽『原章二訳『ハエ、マウス、ヒト――生物学者による未来への証言』(2000・みすず書房)』
ジャコブ(Max Jacob)
じゃこぶ
Max Jacob
(1876―1944)
フランスの詩人。ブルターニュ生まれのユダヤ人である彼は、20世紀初頭のパリで、ピカソ、モディリアニらとともに奔放な放浪芸術家生活を送っていたが、1909年自室でキリストの出現を体験して以来カトリック教に回心し、やがてサン・ブノア・シュル・ロアールの僧院に隠遁(いんとん)して余生を送る。第二次世界大戦中この僧院でナチス警察に逮捕され、収容所で獄死した。「聖マトレル」を主題とする連作散文詩や『骰子筒(さいづつ)』(1917)などの初期詩作は、語とイメージの偶然の結合から生まれる奇抜な効果をねらったもので、シュルレアリスムの先駆的作品といわれるが、一方では死の観念に取り憑(つ)かれ、神秘宗教的な瞑想(めいそう)や幻想に満ちた著作を残している。代表的詩集『中央実験室』(1921)のほか、『バラード集』(1938)、死後出版された『晩年の詩』『ゲール人モルバンの詩』など多数の作品があり、奔放なユーモアと宗教的熱情が混在する特異な詩的世界をつくっている。さらに『フィリビュットあるいは金時計』(1922)をはじめとする小説、エッセイ、書簡のほかに、特異な画才を示す素描(デッサン)を残している。20世紀初頭における詩的言語の革新者としてアポリネールと並び称せられる。
[田中淳一]
『高畠正明訳「中央実験室」(『世界名詩集大成4 フランス編3』所収・1959・平凡社)』