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ルコント・ド・リール ルコント・ド・リール Leconte de Lisle, Charles Marie René

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ルコント・ド・リール
ルコント・ド・リール
Leconte de Lisle, Charles Marie René

[生]1818.10.22. レユニオン島サンポール
[没]1894.7.17. ルーブシェーヌ,ボアザン
フランスの詩人。法律を学んだが詩人を志し,『ファランジュ』誌に詩を発表するかたわら,フーリエ主義者として二月革命 (1848) を支持。そのために家族との間に不和を生じ,以後貧窮生活を強いられたが,やがて政治から遠ざかり,ホメロスギリシア悲劇などの翻訳研究に専念。

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百科事典マイペディアの解説

ルコント・ド・リール

フランスの詩人。高踏派の代表的存在。熱狂的な共和主義者だったが,二月革命後政治に幻滅,同時にロマン主義に反感をもった。古代に題材を求めて非情の美を探究,科学・客観主義を唱えた。
→関連項目エレディアレニエ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ルコント・ド・リール
るこんとどりーる
Leconte de Lisle
(1818―1894)

フランスの詩人。本名Charles-Marie Leconte。レユニオン島に生まれる。10歳から18歳までそこで過ごしたのち、ブルターニュレンヌの大学に入学。初めフーリエの理想にひかれ、また友人のメナールを通じて知ったヘレニズムにも関心を示しながら革命を目ざす。1846年パリに移住して『ファランジュ』『デモクラシーパシフィック』誌に寄稿するが、48年の二月革命挫折(ざせつ)後、詩作に専念する。52年には処女詩集『古代詩集』Pomes Antiquesで文献学、考古学のような実証科学と詩の融合を試み、不感無覚の精神と端正な形式によりギリシア的調和の美と厭世(えんせい)的虚無と死の世界観を歌った。この詩想は終生変わることなく、62年にはインド、エジプト、北欧など非ギリシア世界の神話に想を得た『夷狄(いてき)詩集』Pomes barbaresを世に送った。やがて若い詩人たちから高踏派の師として注目され、『現代高踏詩集』(1866)にも作品を寄せた。61年から85年にかけてギリシア、ラテンの古典仏訳著を刊行し、73年にはアイスキロス『オレステイア三部作』の翻案戯曲『エリニー』が初演された。84年『悲劇詩集』を発表、没後95年には晩年の詩篇(へん)が弟子エレディアにより『最後の詩集』としてまとめられた。アカデミー会員。[遠山博雄]

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