イタリア中部,トスカナ州,同名県の県都。人口9万0097(1981)。ピサの北東16kmに位置する。リグリア人の建設した都市で,その後エトルリア,ローマの支配をうけた。11世紀に都市国家体制を確立し,隣の強国ピサとしばしば争った。13~14世紀は,毛織物・絹織物生産でこの地方では先進的地位を誇り,商業,金融の面でもヨーロッパをまたにかけて活躍する人々を輩出した。その後,フィレンツェなど強国の台頭,内部の対立などで停滞に向かったが,18世紀末,ナポレオン軍に占領されるまで,一時的なシニョーレ支配を除いて,共和国として存続した。ナポレオン失脚後は,ブルボン家のマリア・ルイサの手に移り,1847年にトスカナ大公国へ併合され,60年サルデーニャ王国に編入された。今日のルッカの旧市街は,16~17世紀の城壁に囲まれ,完全に外部の新市街と切り離され,今なお中世そのままの姿を残している。工業は,機械,繊維,木材,製紙などが立地しているが,いずれも小規模で,食品工業では良質のオリーブ油が有名である。作曲家G.プッチーニの生地。
執筆者:萩原 愛一
11~13世紀に建造された大聖堂(正称サン・マルティーノSan Martino)は,キリストの弟子ニコデモが天使の助けを得て完成したと伝承される磔刑像〈ボルト・サントVolto Santo〉により名高い巡礼地で,この長衣の磔刑像の形式はアルプス以北へも影響を及ぼした。白大理石壁に黒大理石の横縞が入り,玄関上に3層のアーケードを載せたピサ・ロマネスク様式のファサードに加え,サン・ミケーレ教会(12世紀)と同様に円柱やアーチ上方を動物,幾何学文の彫刻や色大理石象嵌で飾り,ルッカ特有の様式を創出した。他にロマネスク教会堂群,ローマ時代の円形闘技場跡の広場が残る。国立絵画館,国立博物館(ビラ・グイニジ)がある。
執筆者:五十嵐 ミドリ
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
イタリア中部、トスカナ州ルッカ県の県都。人口7万9783(2001国勢調査速報値)。セルキオ川左岸に位置し、周辺の灌漑(かんがい)平野で生産される農産物の集散地。中世・ルネサンス時代には毛織物や絹織物といった特産品を擁し、大いに繁栄した。その時代の町並みは、11か所の砲塁を有した周囲4キロメートルの城壁(16~17世紀)の内部にほぼそのままの姿で残っている。19世紀後半以降にできた新市街は城壁の外に形成されている。サン・マルティーノの大聖堂(11~14世紀)、サン・ミケーレ・イン・フォーロ教会(12~13世紀)、グイニージ宮殿(14世紀)、サン・フレディアーノ教会(12世紀)などがある。
[堺 憲一]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…西ローマ帝国解体後,トゥスキアはオドアケル,さらに東ゴート,ランゴバルドの支配下に入った。ランゴバルド時代(568‐774)にはルッカを主都とする公領となり,ほぼ現在のトスカナに見合う領域をもつようになった。ただし,トスカナという名称自体は12,13世紀に確立したものである。…
※「ルッカ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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