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ルドルフ[2世] ルドルフ

百科事典マイペディアの解説

ルドルフ[2世]【ルドルフ】

神聖ローマ皇帝(在位1576年―1612年),ハンガリー王,ボヘミア王。ハプスブルク家出身で,マクシミリアン2世の子。フェリペ2世の宮廷に育った。三十年戦争に至る政治的・宗教的混乱を招いた奇人皇帝とされるが,スプランヘル,ハンス・フォン・アーヘン,アルチンボルドらの芸術家,さらにティコ・ブラーエ,ケプラー,ブルーフ,ディー,コメニウスらの学者を庇護して,プラハを北方マニエリスムの一大拠点となした文化的功績が近年再評価されている。
→関連項目ディー薔薇十字団

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世界大百科事典 第2版の解説

ルドルフ[2世]【Rudolf II】

1552‐1612
ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝。在位1576‐1612年。ハンガリー王,ボヘミア王も兼ねる。スペインでカトリックの教育を受け,学芸を保護したが,優柔不断で政治的見識に欠けていた。反宗教改革政策を推し進めたため,新旧両派諸侯の対立を激化させ,三十年戦争の禍根を作った。1607年オーストリア,ハンガリー,モラビアを弟マティアスに譲渡させられ,09年ボヘミアの貴族に譲歩して,信仰の自由を承認した。【中村 賢二郎】

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世界大百科事典内のルドルフ[2世]の言及

【プラハ】より

… フス派戦争以後ボヘミアの実権を握ったのは,短期間を除きオーストリア・ハプスブルク家で,この王朝はウィーンに中心をもったので,プラハの政治的重要性は徐々に弱まっていった。ハプスブルク家の皇帝のうち,ルドルフ2世だけがプラハに住み,彼はデンマークの天文学者であるチコ・ブラーエ,弟子のJ.ケプラーたちを保護し,芸術品を収集し,後世〈ルドルフのプラハ〉として評価されるほど文化の華が開いた。 1618年に始まる三十年戦争の契機となった事件もプラハで起こった。…

※「ルドルフ[2世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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