イギリス,エリザベス朝時代の思想家,数学者,占星術師。イギリスにユークリッドの幾何学とウィトルウィウスの建築学を導入し,旧来の魔術を科学の域に高めようとしたが,一般には黒魔術師との誤解を受けた。シェークスピアの戯曲《テンペスト》の主人公プロスペローは,彼をモデルにしたものと考えられている。ケンブリッジのセント・ジョンズ・カレッジに学び,若くしてオランダやフランスに遊学,ギリシア語にたんのうなことからギリシアの数学と哲学の研究に専心したが,同時にフィチーノやピコ・デラ・ミランドラらのイタリア神秘哲学に傾倒,イギリスにおける最初で最大のヘルメス主義者となった。生涯の多くを大陸で過ごし,博物学者ゲスナーや海図製作家メルカトルらと交友を結んだ。イギリスではメアリー女王ならびにエリザベス1世の政治顧問ともなり,両女王の戴冠式の日付けを占星術により決定するなど特異な役割を果たした。
しかし海上交易商人を父に持ったディーは,同時に実際的な国益を図る技術者としての側面をもち,対東洋貿易を有利にすすめる北極回りの航路を開拓する試みに力を注いだり,ニシン漁船団を組織したりした。さらに彼は古文書の保存管理を中心とする近代的な図書館システムの最初の提唱者であり,1556年にはメアリー女王に対し,内乱のため破壊されつつある写本類の収集保全を請願した。この請願は実現しなかったが,ディー自身は独力で4000冊に及ぶ書物を集め,当時ヨーロッパで最大といわれたグロリエJean Grolierの蔵書数約3000を上回る前代未聞の私設資料館を築きあげ,のちアシュモリアン博物館の収集品に加えられた。収書中にはR.ベーコンの写本類が多く,ディーを通じてF.ベーコンは自分と同姓の哲学者の思想に接したともいわれる。諸学渉猟の果てに晩年は降霊術に凝り,降霊術師ケリーEdward Kelly(1555ころ-?)を通して天使と対話し霊的知識を獲得したといわれる。ヘルメス思想を開示した主著《聖文字のモナド》(1564),《ユークリッド“ストイケイア”序文》(1570)は,フラッド,アシュモール,アンドレーエら薔薇十字団の中心人物たちに多大な影響を与えた。
執筆者:荒俣 宏
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…これらの神話は非生物的な卵から生物が生まれる創造の奇跡に由来すると考えられ,混沌から秩序への移行を象徴する。こうした〈宇宙卵〉の寓意はルネサンスのヘルメス思想家にも影響し,J.ディーやR.フラッドは卵に擬した神秘的な宇宙構造モデルを発想している。 また卵は生命とその再生を表す標章としても広く用いられた。…
…例えばルネサンス期の文芸に決定的影響を与えたG.リプリーの錬金術文献《錬金術の複合》(1591)や《十二の門》(1766)などは難解な寓意詩になっている。とくに薔薇十字団の啓蒙運動の中心地となった17世紀のイギリスには,リプリーの詩やJ.ディーの哲学書に影響された文芸が急激に出現している。シェークスピアの《リア王》は艱難辛苦が人間を完成に近づけることを錬金術のメタファーに従って物語り,《あらし(テンペスト)》はディーの魔術師としての側面を戯曲化したものといわれる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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