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レカミエ夫人 レカミエふじんRécamier, Jeanne Françoise Julie Adélaide, dame de

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レカミエ夫人
レカミエふじん
Récamier, Jeanne Françoise Julie Adélaide, dame de

[生]1777.12.4. リヨン
[没]1849.5.11. パリ
フランスの文芸サロン主催者。前ロマン派の文人たちとの交遊で知られる。旧姓 Bernard。銀行家の娘に生れ,16歳で 42歳の銀行家レカミエと結婚。たぐいまれな美貌と豊かな感受性,粋な雰囲気とによって,ナポレオン時代から王政復古期にかけて多くの作家の崇拝を受けた。

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デジタル大辞泉プラスの解説

レカミエ夫人

フランスの画家フランソワ・パスカル・ジェラールの絵画(1805)。原題《Madame Récamier》。多くの文人や政治家と親交を結んだサロンの花形ジュリエット・レカミエを描いた肖像画。新古典主義の画家ジェラールの代表作の一つ。パリ、カルナヴァレ美術館

レカミエ夫人

フランスの画家ジャック・ルイ・ダヴィッドの絵画(1800)。原題《Madame Récamier》。多くの文人や政治家と親交を結んだサロンの花形ジュリエット・レカミエが古代風の衣装をまとった姿を描いた肖像画。パリ、ルーヴル美術館。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レカミエ夫人
れかみえふじん
Mme Rcamier, Jeanne Franoise Julie Adlade
(1777―1849)

19世紀フランスの社交家。公証人の娘としてリヨンに生まれる。愛称ジュリエット。15歳で、42歳の銀行家ジャック・レカミエと結婚。天性の美貌(びぼう)でパリの文芸サロンの花形となる。スタール夫人の親友として知られる。彼女のサロンには作家、画家のほか政治家も多く集い、ナポレオンに「閣議はいつからレカミエ夫人邸で開かれるようになったのか」といわしめ、アカデミー会員になるには夫人の助力を必要としたと伝えられる。コンスタンをはじめ多くの名士から愛を寄せられるが、1819年以降アベイ・オ・ボアAbbaye-au-Boisのサロンにシャトーブリアンを迎え、晩年はほとんど視力を失うが、この文豪への愛を貫いた。[田部井玲子]
『菊盛英夫著『文芸サロン、その多彩なヒロインたち』(中公新書)』

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世界大百科事典内のレカミエ夫人の言及

【サロン】より

…この時期にはなおタリアン夫人,シュアール夫人,ジャンリス夫人らのサロンもあり,文学的にはシャトーブリアンらが訪れたルプランス・ド・ボーモン夫人のサロン(1800‐03)が有名である。ロマン主義時代にはユゴーやノディエもサロンを開き,七月王政期にはジラルダン夫人のそれも知られるが,最後の文学サロンといわれたのはレカミエ夫人dame Récamier(1777‐1849)のサロンである。第二帝政期になると,公女マティルドのサロン(フローベール,ゴンクール兄弟などが出席),プルタレス伯夫人のサロンなど貴族的サロンが再び現れ,第三共和政下ではジュリエット・アダン夫人,劇作家アルマン・ド・カイヤベなど作家自身の開くサロンが目だつようになる。…

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