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レンナー Renner, Karl

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レンナー
Renner, Karl

[生]1870.12.14. ドルニデュナジョウィーチェ
[没]1950.12.31. ウィーン
オーストリアの政治家法社会学者。ウィーン大学卒業後オーストリア国会図書館に勤務。 1907年からオーストリア社会民主労働党国会議員として活躍。第1次世界大戦後の 18年,オーストリア共和国の成立とともに臨時政府の首相となり,のち首相兼外相,22年の総選挙では社会民主党の敗北とともに辞任。 31~33年国民議会 (下院) 議長。その後,ファシスト政権により弾圧され地下運動で活躍,第2次世界大戦後,臨時政府の首相となり,オーストリアの解放を宣言,45年初代大統領に選ばれた。また法律学の面では,法を経済現象,社会現象との関連のなかで解明しようとする法の社会学を主張。主著『私法制度の社会的機能』 Die Rechtsinstitute des Privatrechts und ihre soziale Funktion (1929) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

レンナー【Karl Renner】

1870‐1950
オーストリア社会民主党右派の指導者。ウィーン大学で法律を学び,1896年法学博士。1895年から1907年まで帝国議会図書館員。協同組合運動の指導者で,07年以降,社会民主党代議士。オーストリア・ハンガリー二重帝国崩壊後の共和国首相(1919‐20)。19年,サン・ジェルマン講和会議全権代表。31‐33年まで議会議長。34年2月蜂起により逮捕され,その後政界を引退する。第2次大戦後,〈オーストリア社会党〉を創設。

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大辞林 第三版の解説

レンナー【Karl Renner】

1870~1950) オーストリアの政治家・法学者。社会民主党に属し第一次大戦後、共和国初代首相。第二次大戦後、社会党を結成し初代大統領。著書「私法制度の社会的機能」は法社会学に影響を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レンナー
れんなー
Karl Renner
(1870―1950)

オーストリア社会民主労働党右派の理論家、指導者。1907年国会議員。1918年共和国初代首相。1919年政府首席代表としてサン・ジェルマン講和条約に調印。1920年首相辞任後は国会議員。1931~1933年国会議長。1938年ナチス・ドイツによる併合後、政界から引退。1945年4月ソ連軍により臨時政府首相に推されると、臨時政府に国民各層代表を加えて西側占領軍の同意を取り付けることに成功、また社会民主労働党を社会党として再建することにも尽力。同年11月に総選挙を実施、その結果首相の地位を国民党党首に譲ったが戦後の初代大統領に選ばれ、死去するまで5年間在任した。[藤村瞬一]

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