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レーニン主義 レーニンしゅぎLeninism

翻訳|Leninism

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レーニン主義
レーニンしゅぎ
Leninism

レーニンによる革命思想で,ロシア革命の最も指導的な理論。第2インターナショナルとの抗争,とりわけその代表者 K.カウツキーとの論戦のなかで鍛え上げられた戦闘的マルクス主義で,帝国主義論プロレタリア独裁論,労農同盟論,前衛党組織論が基本的な内容をなしている。帝国主義論における歴史の段階論的把握の不十分性,プロレタリア独裁論における階級抑圧論的なかたより,労農同盟論における二段階革命戦略への傾斜,前衛党組織論における革命技術主義的な限界など種々の限界を内包しつつも,20世紀前半の諸革命運動を大きく規定してきた。

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世界大百科事典 第2版の解説

レーニンしゅぎ【レーニン主義 Leninism】

ロシア革命の経験とレーニンの思想理論を核とするマルクス主義の潮流ボリシェビズム,共産主義,マルクス=レーニン主義ともいう。ロシア革命の経験とその指導者レーニンの理論は,コミンテルンを通じて,世界中に広められた。この革命的マルクス主義の潮流を〈レーニン主義〉の名で呼ぶことは,レーニンの没後に始まった。ブハーリンジノビエフらもその定式化を試みたが,スターリンが1924年4月スベルドロフスク大学で行った講演〈レーニン主義の基礎について〉は最も包括的なものであった。

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大辞林 第三版の解説

レーニンしゅぎ【レーニン主義】

レーニンの理論・思想。マルクス主義をロシアに適用し、また帝国主義とプロレタリア革命の時代に発展させたもの。資本主義の最終段階とする帝国主義観、労農同盟によるプロレタリア独裁、一国社会主義の可能性、民族・植民地問題と国際プロレタリア革命の関連、前衛党の指導性と組織原則などを中核理論とする。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レーニン主義
れーにんしゅぎ
Leninism

狭義には、ウラジミール・イリイチ・レーニンによって20世紀初頭に展開されたマルクス主義をさす。より広義には、レーニンの影響を受けスターリンらにより展開されたロシア型マルクス主義の潮流全体をさす場合もあり、この場合にはマルクス・レーニン主義という呼称も用いられた。
 レーニンは、マルクス主義の歴史的発展について多くを語り、第二インターナショナルに現れたベルンシュタインらの修正主義やカウツキーらによる唯物史観の経済主義的解釈に批判を加えたが、自らも、資本主義の自由競争段階から独占資本主義段階への移行について分析し、第一次世界大戦が、この独占資本主義段階における、生産の集積・集中→金融資本と金融寡頭制の成立→資本輸出→国際的独占団体形成→列強の世界分割の論理に従って起こったと論じた(『帝国主義論』)。また、帝国主義は「独占資本主義」であるとともに「腐朽的資本主義」「死滅しつつある資本主義」であるとして、その世界体制の不均等発展における「弱い環」である後進国ロシアでも社会主義革命が可能となることを主張し、マルクスにおいて主として発達した資本主義国に即して構想されていた革命理論を、労働者と農民の民主主義的独裁の理論、ブルジョア民主主義革命におけるプロレタリアートのヘゲモニーとその社会主義革命への成長転化の理論、民族・植民地問題の帝国主義時代における役割などの面で発展させた。さらに、1917年のロシア二月革命・十月革命を勝利させることにより、プロレタリアート独裁の国家形態としてのソビエト制のブルジョア民主主義的議会制に対する優位、プロレタリアート独裁のもとでの前衛党の役割、前衛党の組織原則としての民主集中制、社会主義建設における労働者と農民の同盟の問題などについても、マルクスが提起しえなかった具体的レベルにおいて理論化した。
 レーニンの死(1924年1月)の直後から、彼の創設したロシア共産党の内部で、スターリン、ブハーリン、トロツキー、ジノビエフらの抗争が激化し、とりわけ「一国社会主義建設」や「民主集中制」をめぐる党内論争のなかで、それぞれが自己の主張を正統化し「レーニンの弟子」であると認めさせようとして、「レーニン主義」の呼称が現れ、その内容が論争の一主題となった。当初は、ジノビエフのように、「ロシア革命の原動力の学説」と農民的後進性に即して条件的・限定的に考える主張もあったが、スターリンは、トロツキーやジノビエフを批判し、自らの政治的地位を確立する過程で、「レーニン主義は、帝国主義とプロレタリア革命の時代のマルクス主義である。もっと正確にいえば、レーニン主義は、一般的にはプロレタリア革命の理論と戦術であり、特殊的にはプロレタリアートの独裁の理論と戦術である」という有名な定式化を行い、この「帝国主義とプロレタリア革命の時代のマルクス主義」としての位置づけが、レーニン主義として普及していった。また、コミンテルンでは、このスターリンの規定を受けて、レーニン主義を、〔1〕帝国主義論とプロレタリア革命論、〔2〕プロレタリアートの独裁の実現の諸条件と諸形態、〔3〕プロレタリアートと農民との相互関係、〔4〕民族問題一般の意義、〔5〕プロレタリア世界革命にとっての植民地・半植民地諸国における民族運動の特殊な意義、〔6〕党の役割、〔7〕帝国主義戦争の時代におけるプロレタリアートの戦術、〔8〕過渡期におけるプロレタリア国家の役割、〔9〕この期のプロレタリア国家の具体的型としてのソビエト権力、〔10〕日和見(ひよりみ)主義的傾向と革命的傾向等への労働運動の分裂の源泉としてのプロレタリアート自身の内部での社会階層化問題、〔11〕共産主義運動内における右翼的・社会民主主義的傾向および左翼的偏向の克服、のすべての面での普遍的原理とし、これが国際共産主義運動を通じて世界化され、「マルクス・レーニン主義」へとエスカレートしていった。
 しかし、スターリンが『レーニン主義の基礎』や『レーニン主義の諸問題』などで定式化した「帝国主義とプロレタリア革命の時代のマルクス主義」の内実は、その「帝国主義=三大矛盾」論、「左翼社会民主主義主要打撃」論、「社会主義一党制」「党内分派禁止」の絶対化など、かならずしもレーニン自身の見解・思想と一致するものではなく、むしろ「スターリン主義」とよぶべきものであった。また、レーニン自身の見解・思想としてのレーニン主義も、そのプロレタリアート独裁理解、旧国家機構粉砕論、職業革命家的党組織論、議会制民主主義の過小評価など、20世紀初頭ロシアの歴史的民族的特性を色濃く帯びており、それが1989年東欧革命、91年ソ連解体で最終的に破綻(はたん)することにより、むしろプレハーノフ→レーニン→スターリンの系譜の「ロシア・マルクス主義」の一段階であったとする見解が支配的になった。[加藤哲郎]
『スターリン著、全集刊行会訳『レーニン主義の基礎』(大月書店・国民文庫) ▽スウィージー、マグドフ編、坂井秀夫・岡俊孝訳『現代とレーニン』(1972・福村出版)』

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世界大百科事典内のレーニン主義の言及

【スターリン】より

…しかしスターリンはジノビエフ,カーメネフらと組んで,逆にトロツキーとその支持者を〈新航路論争〉で失脚させた。 レーニンの死後,スターリンはレーニン崇拝を促進し,その思想を〈レーニン主義〉として教義化する。24年以後は一国社会主義論を唱え,さらに25年末にはかつてトロツキー追放で一致したジノビエフらを指導部から追放し,工業化よりも農民との和解を重視したネップをブハーリンらとともに推進する。…

※「レーニン主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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