コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

レールモントフ レールモントフ Lermontov, Mikhail Yur'evich

6件 の用語解説(レールモントフの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レールモントフ
レールモントフ
Lermontov, Mikhail Yur'evich

[生]1814.10.15. モスクワ
[没]1841.7.27. ピャチゴルスク
ロシアの詩人,小説家。モスクワ大学中退後,ペテルブルグ近衛士官学校に入学,卒業して軍務につきながら詩作を試みた。 A.プーシキンの決闘による死に際して書いた『詩人の死』 Smert' poeta (1837) で一躍名声を高めたが,これが当局の忌諱に触れてカフカズに左遷された。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

レールモントフ(Mikhail Yur'evich Lermontov)

[1814~1841]ロシアの詩人・小説家。プーシキンの死を悼む詩「詩人の死」で名声を博す。以後、自由・行動への渇望、深い倦怠(けんたい)などをうたった。決闘により死亡。叙事詩「悪魔」、小説「現代の英雄」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

レールモントフ

ロシアの詩人,作家。モスクワ大学中退で近衛将校となる。プーシキンの死に際して書いた詩編《詩人の死》(1837年)で一躍名を知られるが,その過激な内容のため皇帝の逆鱗にふれ,カフカスに流された。
→関連項目ピャチゴルスクベリンスキー

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

レールモントフ【Mikhail Yur’evich Lermontov】

1814‐41
ロシアの詩人,作家。3歳のときに母を失い,父と離ればなれで幼少年期を富裕な母方の祖母の領地で過ごす。1828年モスクワ大学付属貴族学校に入学,このころから詩作を始める。30‐32年モスクワ大学に学ぶが中退。珠玉の抒情詩《天使》(1831),《帆》(1832)などを除けば32年までの詩,戯曲はのちの創作の下書きである。32年ペテルブルグの近衛士官学校に移り,放蕩三昧の2年間を経験する。34年に卒業して少尉となり,首都ペテルブルグの上流社会出入りするようになると創作に立ち戻り,《オセロー》風な悲劇《仮面舞踏会》(1835)を書く。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

レールモントフ【Mikhail Yur'evich Lermontov】

1814~1841) ロシアの詩人・小説家。プーシキンの死を悼んだ詩「詩人の死」、叙事詩「商人カラシニコフの歌」などによりプーシキンの後継者と目された。他に余計者の悩みを描いた小説「現代の英雄」など。決闘で死亡。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レールモントフ
れーるもんとふ
Михаил Юрьевич Лермонтов Mihail Yur'evich Lermontov
(1814―1841)

ロシアの詩人。戯曲、小説にも優れる。貧しい貴族で退役軍人の父と虚弱で音楽好きな母の間に10月15日モスクワで生まれ、裕福な地主貴族だった母方の祖母の領地で育った。3歳のとき母が亡くなると、不仲な父と祖母は衝突して別れ、以後偏愛と支配欲の強い祖母に養育された。幼少から語感が鋭敏で、4歳から10歳までに三度訪れたカフカスの自然から強烈な印象を受け、早熟な愛の目覚めを体験し、詩作や絵画の才能を早くから発揮した。1828年、教育熱心な祖母はモスクワ大学付属貴族寄宿学校4年次へ編入させた。1830年にモスクワ大学倫理政治学部へ入学するまでに、一生改作を重ねた叙事詩『悪魔(デーモン)』や多数の叙情詩を書き、一部は手書きの同人誌に載せたらしい。入学後も詩作は続き、その題材にもなった激しい不幸な恋も経験したが、ベリンスキー、ゲルツェン、オガリョフらのサークル活動とは距離を置いた。父(1831没)と祖母や母との不可解な関係に苦しんだことは、自伝的要素の濃い戯曲や叙情詩からもうかがえる。反動教授排斥紛争に加わり、1832年に退学したレールモントフは、ペテルブルグ大学への移籍に失敗し、近衛(このえ)士官学校で「恐怖の2年間」を過ごすはめになった。1834年に卒業して配属されたのはツァールスコエ・セロー(現、プーシキン市)の近衛軽騎兵連隊であったが、首都の社交界に入りびたり、上流階級の腐敗した生態をつぶさに観察した。未完の小説『リゴフスカーヤ公爵夫人』や詩劇『仮面舞踏会』はその文学的成果である。カフカスを舞台にしたロマン主義的叙事詩『ハジ・アブレク』が無断で雑誌に発表され、好評を得たのに立腹したのは、詩作への真剣な態度の表れであろう。
 1837年1月プーシキンがダンテスとの決闘に倒れたとき、レールモントフは「玉座近くにたむろする」謀略家たちを告発した詩『詩人の死』を書いて親友と手写で流布させた。プーシキンの再来との文名を一躍高めたものの、その告発で当局によって逮捕され、カフカスの連隊へ事実上追放された。『現代の英雄』の構想はこの劇的運命を契機としてできた。追放の地でデカブリストやジョージア(グルジア)の革命的貴族と交流できたことは、後の作品に思想的深みと問題意識の先鋭化をもたらした。祖母の奔走が実って1838年に首都へ戻る。いまや有名詩人となった彼は社交界との溝をますます深め、『思い』や『詩人』にみられる苦悩と懐疑主義を募らせた。この間、『商人カラーシニコフの歌』(1838)、『ムツィリ』(1840)などの叙事詩、『帆』(1832)、『雲』(1840)などの叙情詩の名編を生んだ。1840年、『現代の英雄』の出版を目前に控えたある日、フランス大使の息子と引き分けた決闘が当局に発覚、ふたたびカフカスへ追放された。山岳民族への同情を秘めつつ勇敢に戦ったのは、退役して作家として生きることを熱望していたからであったが、1841年7月27日、静養先のピャチゴールスクで、ささいなことで決闘に応じ、近衛士官学校時代からの友人マルティノフの凶弾を受けて不帰の人となった。墓所、記念館が祖母の領地タルハーヌィ(現、レールモントボ)にある。[木村 崇]
『池田健太郎・草鹿外吉編『レールモントフ選集』全二巻(1974、1976・光和堂) ▽岡崎忠彦著『評伝レールモントフ』(1981・七月堂)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のレールモントフの言及

【現代の英雄】より

…ロシアの作家レールモントフの小説。1839‐40年《祖国雑記》誌に発表した分に2編を加えて1840年に刊行。…

【ロマン主義】より

… その他の国々では,ロマン主義は多くの場合国家統一へと向かうナショナリズムの進展と並行し,国民的な意識の高揚を目ざす国民文学運動として展開された。例えば,イタリアではリソルジメントと呼応しマンゾーニやレオパルディが文学運動を推進し,あるいはロシアではプーシキンやレールモントフらが,フランス文学の影響を排してロシア固有の文学の創造を目ざす国民文学運動としてのロマン主義を展開した。 この汎ヨーロッパ的な文芸運動も19世紀中ごろにはほぼ終わり,リアリズム等の旗印のもとに各国の社会状況に即した文芸思潮が登場した。…

※「レールモントフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

レールモントフの関連キーワードギッピウスサルトルヒメネスミンスキーラシーヌロシアの恋人あのときすきになったよマヤコーフスキー霧島エリ子モンポウ:ひそやかな音楽 第3巻/piano solo

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

レールモントフの関連情報